共演者を鼓舞するピアノ力:絶頂期のCeder Walton [音源発掘]

今年も早いもので、気付いてみればもうその半分が終了。

そこで、この半年間どんな作品を集めてきたのかのと、私のレコード・ライブラリーを見てみると........。

やはり多かったのは、ジャズのピアノ作品。
これは元々ピアノ好きの私のこと、ピアノ・プレヤーから新たにそれと共演する他の楽器のプレヤーを見つけだし、新たにその未知のサウンドを探し聴いていることの多い私にとっては、ある意味当たり前とも言える結果だったのですが、そのピアノ・プレヤーの作品、今年は例年になく一人のアーティストに集中してしまっていたことがわかったのです。

そのピアノ・プレヤーは、Ceder Walton。
以前に私のブログでも、ノーベル賞候補として名の上がる、作家の村上春樹氏一押しのピアニストとして紹介したことがある(その記事はこちら→http://hmoyaji.blog.so-net.ne.jp/2013-06-28)のですが、今年は、この村上春樹氏が参戦しシダを称賛することとのきっかけとなったジャズ・スポット Pit innでの1974年のライブ、そのCDが再発されたことから満を持してそれを手に入れたことが事の始まりで、さらに、その後続いて再発されるシダの作品を追い求めた結果、いつの間にか彼の作品ばかりが増えてしまうことになってしまったようなのです。

シダーウォルトン ピット イン.jpg


1974年クリスマス・イブ前日の12月23日に収録されたこのライブ、この時のシダの来日、それは、当時、日本で人気の絶頂を極めていた日本人女性ジャズ・ヴォーカリストの笠井紀美子、その彼女の帰国ライブでの伴奏者としてのものだったのですけど、図らずしもこの来日が、60年代初頭、アート・ブレイキーのジャズ・メッセンジャーの一員として、その名を知られながらも、その後の評価は今一つでであった彼の評価を一気に押し上げる結果としたものだったのです。


さて、それはどんなものだったの!!



それでは、ノーベル賞候補作家を虜にしたシダのプレイ、前置きはこのくらいにして、そのコンサート会場に行ってみることにしましょうか。   







曲はシダ・ウォルトンのオリジナル曲で、”Fantasy In D”。
ジャズ・メッセンジャーズ時代には、”Ugetsu”という曲名で演奏されていた彼の名曲の一つ に数えられている曲です。

元々の曲名の”Ugetsu”、そのネーミングは聞くところによると日本の江戸時代末期の文学作品、「雨月物語」から来ているのだとか。

それにしても、躍動感に溢れる熱気みなぎる演奏。

「雨月物語」の作者の上田秋成もこれを聴いたらビックリ仰天、腰を抜かしてしまうかもしれませんね。
”Fantasy In D”とのタイトル変更、この演奏にはこの曲名の方がピッタシという気もして来ます。


それにしても、これだけのプレイをする力を持ったシダ・ウォルトン、しかし、これまでなぜ鳴かず飛ばずの状態であったのか。

私も若い時、このトリオのライブの翌日に行われた12月24日の渡辺貞夫が加わったシダの演奏のレコードを入手、聴いたことから、そうした疑問を持つに至り、それ以前のシダのリーダー作品をいくつか聴いてみたことがあるのですけど、そのどれもが、どこか捉えどころがなく決定的なインパクトに欠けていると感じで、Pit innの出来とのあまりにも格差にがっかりさせられてしまったのです。


そして、以来、彼にこれといった代表作に恵まれなかったのは、彼自身、本来はリーダーとしてその音楽の核をなすミュージシャンではないことにその原因があり、彼の真骨頂が発揮されるのは、他のソリストとの共演の時、そこから受けた刺激で最高潮に達するタイプのピアニストではないかと思うようになったのです。


と言うと、このトリオの演奏はどうしたことなのか。

実はこの作品、コンサートの始まり部分から聴いてみると、最初の頃の演奏の印象は、冗長的でやはりインパクトに欠けるつまらない演奏だなあという感じがするのですが、ところが、聴き進むうちに雰囲気に変化が生まれ、急速に熱気を帯びて来ていることに気付かされるのです。

さらに、この盛り上初めの部分をよく聴いてみると、シダのピアノのバックから、そこに居合わせた観客らによる合いの手やうめき声が掛かっていることが聴き取れ、そこからシダのピアノに変化が生まれて来ることが見えて来るのです。

こう考えると、この日のシダの共演者はその場に来ていた観客であり、その観客の反応から刺激を受け、こうした快演を繰り広げることとなったのだと、いかにもシダらしいその様子と、適時、場の雰囲気を盛り上げていった観客とのコラボに、微笑ましさえ覚えてしまうのでした。



この時のPit innへのシダ・ウォルトン トリオの出演、12月22日から24日の3日間にわたるもののだったのですけど、これまで、ご紹介して来た通り中日となった23日はこのトリオによる演奏、そして翌24日はこのトリオに渡辺貞夫が加わったカルテットによる演奏だったわけですけど、さて、初日の12月22日の演奏は.........。

と、ここまで来るとその演奏も聴きたくなるのではないかと思います。

Kimiko Is Here.jpg


というところで、今度はその22日のライブを収めた作品 ”Kimiko Is Here”から、シダが伴奏者として随伴した笠井紀美子を加えての演奏を聴いてみることにいたしましょう。



曲は、シダの好きな曲との紹介で始まった”Meaning Of The Blues ”です。

笠井紀美子というヴォーカリスト、当時私は、スタイルばかりが先行しその評判も実力相応以上のものがあったように感じられ、以来あまり好きになれないでいたのですけど、今回この作品を手に入れたのは、シダのPit innでのライブ作品をあらためて聴き、シダのピアノの余韻浸った直後に、たまたま通りかかったCDショップに入り、何気なく棚を見ていると、いきなりこの作品が目に飛び込んできたという奇遇から、思わず手にしてしまったもの。

家に戻り、あまり期待もせず聴いてみたところ、これが思いのほかの出来。、

ピアノ・トリオをバックに歌う、紀美子ののびのびと歌唱する姿、バックとの対話の中に一つ一つの曲へ思い入れがしっかりと伝わってくるような感じがするのです。

そして、その歌唱をサポートするシダのピアノ。
ツボの要所要所で、その共演者の心を汲み取り、その心を最大限に引き出すべき絶妙な即興アレンジを送り届けていた。

さらには、どんなに強く鍵盤を叩こうとも崩れることなくまろやかで美しく響くピアノの音色。

こうして聴いて行くとこの演奏、シダのピアノ存在の大きさ、それがあってこそ笠井紀美子というヴォーカリストの魅力を、さらに引き出し得たものだということが見えて来るように思えるのです。


さて、そうしたシダのピアノ、他のアーティストの場合はどうなのか!!

そこで今度は、この一連のPit innでのライブの翌年に吹き込まれた、来日時と同様のメンバー(Sam Jones-bass,Billy Higgins-drums)のピアノトリオに、60年代の半ばMiles Davisのクインテットの一員として名を残したテナー・サックス奏者 George Collemanを加えたカルテットの演奏を聴いてみることにいたしましょう。

曲はJohn Coltraneの名曲”Naima”です。



1975年の作品”Eastern Rebellion”からの演奏。

Eastern Rebellion.jpg


コルトレーンの神々しささえ感じるNaimaに対して、こちらはベール纏った天女のエレガントな所作さえ感じさせるNaima。

ジョージ・コールマンという人も代表作と言えるリーダー作品をもたない、どちらかと言うとシダと同じく共演者から刺激を受けて好プレイを見せるアーティストだと言われているのですが、この演奏にも、その奥に隠された資質をシダが見抜き上手に導き、共に刺激し合い高みへと上り詰めて行く、そんなシダの様子が聴き取れるように思います。


相手の隠れた力量を引き出す名手シダ・ウォルトン、この演奏でもその手腕はいかんなく発揮されていた!!


相手を鼓舞してやまないそのピアノ、おかげで私もこれ以外のアーティストの共演も聴きたくなり、気付いてみれば今年の私のライブラリーは、Ceder Waltonだらけとなってしまいまいた。

そして、その誘惑からは、まだまだ抜け出せそうにない。

まだまだこれから増えそうなCeder Waltonのライブラリ、またの機会にそのミラクル、再びご紹介出来ればと思います。


Pit Inn

Track listing
All compositions by Cedar Walton except as indicated
1."Suite Sunday"
2."Con Alma" (Dizzy Gillespie)
3."Without A Song" (Vincent Youmans, Billy Rose, Edward Eliscu)
4."Suntory Blues"
5."'Round Midnight" (Thelonious Monk)
6."Fantasy In "D""
7."Bleeker St. Theme" - 2:52

Personnel
Cedar Walton - piano
Sam Jones - bass
Billy Higgins - drums

Recorded
December 23, 1974
Shinjuku Pit Inn, Tokyo, Japan


Kimiko Is Here

Track listing
1. Dat Dere
2. I Am The Girl
3. No Tears
4. Meaning Of The Blues
5. It Could Happen To Me
6. Sad Song
7. I Didn't Know What Time It Was
8. Moondance
9. 'Round MIdnight
10. Jazz Ain't Nothin' But Soul

Personnel
Kimiko Kasai-vocal
Cedar Walton - piano
Sam Jones - bass
Billy Higgins - drums

Recorded
December 22, 1974
Shinjuku Pit Inn, Tokyo, Japan


Eastern Rebellion

Track listing]
All compositions by Cedar Walton except as indicated
1."Bolivia"
2."Naima" (John Coltrane)
3."5/4 Thing" (George Coleman)
4."Bittersweet" (Sam Jones)
5."Mode for Joe"

Personnel
Cedar Walton - piano
George Coleman - tenor saxophone
Sam Jones - bass
Billy Higgins - drums

Recorded
December 10, 1975
C.I. Recording Studio, New York City


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ハンコック

おはようございます。
いつも貴重な音源ありがとうございます。
私はまだ、この人のピアノトリオの盤で当たりを引いたことがないです。
qurtet、quintet物ばかり聴いてますね。
Eastern Rebellionもそうですが、
テナーが良くてちょくちょく聴いて、
この中でピアノ上手いなあ、誰だったかなあと思い、
メンバーをみるとcedarだったりしますね。
この経験が多いこと多いこと。
Eastern Rebellion長いこと探しました。
一時はCDでも良いから入手しようとしてましたが、
アマゾンで1万以上してて、レコードのほうが安いという
状況でびっくりしてました。
最近値段が落ち着いたみたいですね。


by ハンコック (2015-07-11 09:16) 

老年蛇銘多親父

ハンコックさん

シダの場合、トリオの演奏いいものがない、本当ですね。

しかし、他にソリストが入ると途端に見違えるようなプレーを聴かせてくれる。

私が彼を知ったのは、ミルト・ジャクソンとの共演盤でしたが、ミルトもシダのサポートを気に入っていたのか、シダもそうですが、ミルトもまた、しっとりしたいい演奏をしてましてね。
そのあたりから、シダとの付き合いが始まってしまいました。

Eastern Rebellion、この第1作目のサックスは、ジョージ・コールマンでしたが、2作目以降は、それがボブ・バーグに代わっているのですけど、共に60年代、80年代、マイルスの下で働いていた奏者で、聴き比べてみると、この新旧マイルス門下生とそれを迎えるシダの変化が実に面白いように思います。

一度試しに聴いてみたらと思います。




by 老年蛇銘多親父 (2015-07-19 06:10) 

ミスカラス

笠井紀美子って名前懐かしいです。何故か!家にLP盤で鈴木宏昌率いるコルゲンバンドとの共演盤がありましたよ。どんな印象だったか?全く記憶に残ってないのだけど・・、当時スタイル先行で買ったのかもしれません。

by ミスカラス (2015-07-20 09:15) 

老年蛇銘多親父

ミスカラスさん

笠井紀美子、鈴木宏昌ことコルゲンをパ-トナーに迎え活動していた時期というのは、日本のフュージョンの先駆者的存在としてその人気の最頂点に達していたように思います。

コルゲンバンドとの共演盤お持ちとのこと、私もこのコルゲンバンドとの共演ライブのテープを持っていて、この記事を書くにあたって聴いてみたのですけど、これが結構良かった。

ミスカラスさんも、もう一度そのLP、聴き直してみるのもいいかもしれませんよ。

by 老年蛇銘多親父 (2015-07-21 05:54) 

mwainfo

ピットインは、伊勢丹の裏道りから、現在の新宿3丁目に移転し、場所的に不便なのか、満員盛況とまではいかなくなりました。7/31は、日野皓正、本田珠也のデュオがあります。久しぶりの満員盛況となるか期待しています。
by mwainfo (2015-07-21 16:41) 

老年蛇銘多親父

mwainfoさん

日野皓正、本田珠也のデュオ。
トランペットとドラムのデュオというあたりがお客さんを呼べるかちょっと気になりますけど、ピット・インにはピッタリという感じがします。

日野皓正というトランぺッター、その昔、弟のドラマー日野元彦とのデュオを聴いたことがあったのですけど、そこでイマジネーションに富んだ深淵な奥行のある演奏を繰り広げていたことが思いだされ、そうしたことから、この本田珠也のデュオ
もかなり期待できるのではと思います。

久々の満員盛況、本当になるといいですね。

by 老年蛇銘多親父 (2015-07-23 05:33) 

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