病を乗り越え生まれた心震わすピアノの美:益田幹夫・Black Daffodils (黒水仙) [音源発掘]

私の音楽探訪に旅、今年は、新年早々、例年になくこれまで耳にしたことのなかった作品を聴く機会に恵まれて、幸先良「早くもこれは!」 という、作品、一つならずして、そのいくつかのとの出会いを果たすことになってしまったのですが、今回は、その中でもさも気に入りよく聴いている作品のお話。

それが、この作品。

益田幹夫・黒水仙.jpg


日本のジャズピアニスト益田幹夫の1996年の作品”Black Daffodils (黒水仙)”。


しかし、益田幹夫というアーティスト、どう考えても今は、知名度の面ではいかがなのものかという存在で、その名を耳にしたことがないという方も多いのではと思いますが、しかし、このピアニストの事が忘れらず、私が彼のピアノを聴き始めて「これは!!!」と感じた1974年の初め頃から、気づいてみればそれから数えて今は、45年余り。
あの頃、世界に通じ羽ばたきその後世界のジャズをリードするアーティストとして、その動向を注目されていた日野皓正の作品”Journey Into My Mind ”を聴いた時に、その作品の中に2曲だけ収められていたクィンテットの演奏で聴いた、彼のスピリチュアルなピアノの響きがいたく新鮮で深く記憶に残ってしまったことから、今後注目すべきピアニストしてしっかりと記憶、心の内にしまっておかければと思ったのが、彼を知ったその始まりだったのです。


そうして出会った益田幹夫、彼のピアノに初めて興味を持ち始めて間もないその年に、日野皓正や峰厚介等、当時日本の一流どころを従えた、彼の初リーダー作品”Trace"を発表、そしてさらには、1975年に渡米、本場でのキャリアを積んでの後、1978年には渡辺貞夫Quintetに加入、そして次ぐ80年代には自己のバンドを結成と、私が最初に彼のピアノと出会った時に感じたその予感どおり、順風万歩の勢いで日本を代表するピアニストとしての道を着々と登り詰めて行くことになったのです。

しかし、1990年、20代から悩まされていたという感覚障害・運動麻痺を伴う原因不明の難病、多発性硬化症が進行、それによりそれまでの彼の順風万歩な流れは阻まれ、活動休止を余儀なくされことになってしまったのです。

そしてそれに再起をかけての長いリハビリ生活。
7年に及ぶ病との格闘の末、不屈の精神力でそれを乗り越え、彼は再びピアニストとしての復帰を果たすことになるのです。

実は、今回取り上げたこの作品は、その復帰後第1作を飾ったものなのですが、ここに聴けるのは闘病リハビリ前とその後との、彼のピアノの大きな表情・表現の変化。

それは、若き日の鋭くスピリチュアルなそうほうスタイル、そしてその後、闘病前のフュージョン的軽快さを有すスタイルから、一音々々を大切にしながらエモーショナルに歌いかける安らぎの奏法へのスタイルの変化。

この作品には、そうした境地に至った益田幹夫のピアノの美が凝縮されていて、それが聴く者の心にひしひしと伝わって来るそのことに、私自身すっかり魅了されてしまったのです。


それでは、そんな益田幹夫のこの作品、なんだかんだ言うよりも、ここで1曲味わっていただくことにいたしましょう。
曲は、”In A Sentimental Mood”です。










ジャズの有名なスタンダード曲でのはずなのに、どこからともなく心に届いてくる幼い時に聴いた日本の童謡を聴いているような懐かしさ。
郷愁を伴う日本の原風景を思い起こさせるその旋律の美しさは、格別なものを感じさせます。

私は、こうした親しみやすく歌いたくなるようなメロディ・ラインを持つサウンドを生み出す資質は、日本人のアイデンティティの中に深く宿る大きな要素だと思っているのですが、彼の場合はその資質がさらに磨き上げられ、人を遥かなノスタルジーの空間に導いて行くような、そんな力を秘めているように感じるのです。


そして、この益田幹夫のプレーの魅力をさらに引き立ているのが、共に演奏しているサポート・メンバー存在。
中でも、ベースのRon Carterの存在は、この作品の質をさらに高いものとするに大きく寄与しているように感じます。

そのこと、現代最高のベーシストであるRon Carterならば当然の事だという向きもあろうかと思いますけど、Caterといえば、そのベースの特徴は、余韻に残り聴こえる唸りの響き。
その響き、共演相手によっては時折、耳障り聴こえることもあるのですが、この益田幹夫との共演では、その余韻が却って彼の中にある郷愁の残映を増幅し、日本の心の奥深さを感じさせてくれているよう聴こえてくるのです。

さて、いろいろ語って来たところで、日本の郷愁を感じさせる益田幹夫のピアノ、ここでまた1曲味わっていただくことにいたしましょう。
曲はこの作品の表題曲”Black Daffodils(黒水仙)”です。



美しい夕焼け空の下、どこからともなく寺の鐘の音が響き聴こえて来る秋の夕暮、そうした情景を思い浮かばさせるようなオープニングで始まるこの曲、貧相な発想でお恥ずかしい限りですが、聴きながら、ふとあの正岡子規の「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」の一句が脳裏に浮かんで来てしまいました。

それにしても日本人の心を惹く演奏、ジャズなれど日本の心を宿した益田幹夫のピアノ。
今や世界共通の音楽文化となったジャズ。
されども、一見同じように見えても、その奥底にはそれぞれの民族のアイデンティティが潜んでいる。

この作品を聴き、そうした隠れたアイデンティティに触れること、これもまたジャズの面白さではないかとつくづく考えさせられてしまいました。



Track listing
1 In A Sentimental Mood
2 There Is No Greater Love

3 Improvisation 2
4 Blue Monk
5 Once Loved
6 Black Daffodils
7 Third Plane
8 Oleo
9 I Wish I Knew
10 Boogalo
11 Improvisation I

Personnel
Piano – Mikio Masuda 益田幹夫
Bass – Ron Carter
Drums – Lewis Nash



Recorded
At Clinton Recording Studios, New York City, September 13 and 14, 1996








日曜日とは言え今日も仕事。
でも、今日仕事で訪れた東京は江東の地でも、空気の乾きったその空はどこまでも澄み渡り、いつもなら霞んで見ることが稀な富士の山も、その姿をくっきりと浮かび上がらせて、人々に自然の豊かさを見せつけるよう、無味乾燥なこの町の背後に雄雄しく聳え立っていました。

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乾燥の続く毎日は、万病の素。今年もインフルエンザの流行の兆しが見えてところ、くれぐれも手洗い励行などに努め、健康を保ちこの危機を乗り越えるよう祈念いたします。


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