追悼 命尽きるまでジャズを語り通したサックスマン;土岐英史・Black Eye [音源発掘]

6月は、新旧二人の日本人ジャズ・アーティストの取り上げその作品を聴いてまいりましたが、今回は前回記事の峰厚介の作品聴いていたところ、峰と同時代の日本人サックス奏者といえばこの人もいたなと思い出し、あわせてよく聴きだしたアーティスト、

ところが、ちょうど前回の記事を書き終え、ちょっと一服とこの日のニュースに目を通していたところ、そこにいきなり飛び込んで来たのが、そのアーティストの訃報。
その人の名は、土岐英史。

1960年代後半には活動を始めていた人であるので、享年71歳という年齢、それは人生100年時代の現代においてはちょっと早いかなと思うものの、高齢であることからそれもその人の寿命、残念だがいたしかたないことだと思うのですけど、ここ数年は、毎年のように新作を発表、今年5月にも荻原 亮、井上 銘 二人のギタリストを従えた意欲作”Little Boy Eyes”を発表するなど、意気軒高な姿のニュースが届けられていただけに、その逝去の報にはびっくり。

ということで今回は、その土岐英史を偲んで、その彼の作品を選び聴いて行くことにしたいと思います。
さて、私が土岐英史の名を知ったのは、1973年に発表された日野皓正の作品”Journey Into My Mind"や宮間利之とニュー・ハードの作品”土の音~日本伝説の中の詩情~”の演奏メンバーに一人としてその名がクレジットされていた彼を見つけ、どんなサックス奏者だろう思ったことが事の始まりで、とはいっても、当時はまだ彼のリーダー作品はなかったことから、それらの作品ではしっかりと彼のプレイをとらえることが出来ず、それから待つこと2年。
ようやく発表された彼の初リーダー作品”Toki”を聴き、それまでの日本のジャズ・アーティストの音とは一味違った感覚のサウンドが妙に体にフィットしまったのがその付き合いの始まり。

そうした当時新鮮さを感じた感覚、今その作品を聴き直してみるとその頃の彼のプレイは、ソプラノ・サックスは60年代ジャズのジャズをけん引したJohn Coltraneそのものと言った感じで、アルト・サックスの方もその影響を強く感じさせたるものであったことがわかり、そのことが当時Coltraneを好んでいた私の感性にぴったりと嵌まってしまったのだなあと述懐しているところ。


実は、峰厚介を聴いていたところ土岐を思い出したというのも、70年代のColtraneのスタイルの影響が大だった峰が、老境に至りストレートな伝統的スタイルのジャズに回帰し質感高い良質なプレイを聴かせてくれていたからで、もしかするとColtrane色濃厚であった土岐も同様であるに違いない考え、昨今の彼の新作に接してみたくなってしまったのがその発端だったのです。

そうして、聴きだした晩年の彼の作品、最晩年はピアノやギターを好んだという彼らしいギタリストとのじっくり聴かせる作品があるのですが、やはり聴いていただきたいのは、サックスを中心とした、オーソドックスなカルテット・クインテットの作品。
そこで今回選んだのが、この作品。

土岐英史 black eyes.jpg


2018年発表の”Black Eyes"です。

それでは、前置きはこのくらいにしてこの作品、ここで1曲聴いていただくことにいたしましょう。



曲は、”Picasso' s Holiday”。
ストレートなジャズ・サウンドなれど、土岐のアルト・プレイには、若き日のColtrane色合いは薄まっているものの、1世代前の渡辺貞夫などのアルト・サックス奏者が目指したCharlie Parkerの衣を纏ったものでは異なり、Coltraneを土台しながらもParkerのエッセンスも内包したグロ-バルな新鮮さも感じます。
何といっても、口ずさめるような歌心に溢れるそのソロは、歌うことが少なくなった近年のジャズにはない温かみがあり、メロディ・ラインを大切に日本人ならではのDNAの世界がそこにあるように思います。

さらに、この演奏に聴きどころは、トランペットで参加しているの市原ひかり。
今や日本を代表するトランぺッターとなった彼女が、この大御所の下でこの曲にどんな新鮮な息吹を吹き込んでいるのか、この辺を楽しみにして演奏に耳を傾けてみたのですが、深い味わいの達観の域にある土岐のプレイに対し、若き活力を注ぎ込みそれがそのサウンドのメリハリの大きな奥深さを生み出している。

デビュー以来聴き続けて来た彼女ですけど、デビューの頃は評論家が称賛しながら、私としてはその良さが認められなかった彼女も、近年その成長は目覚ましく、この演奏でも大御所の域に達した土岐を目の前にして、緊張の色を滲ませながらもサウンドの幅をさらに広げるに大きな役割を果たしている様子に納得、この辺りもこの作品の注目のポイントの一つのように思います。

そしてもう一つ、この演奏でいいなと思ったのが、片倉真由子のピアノ。
土岐もお気に入りの存在だったのか、この作品の後、彼女とデュオでのライブを続け、作品も残しているのですけど、次はその彼女とのデュオ・ライブをご覧いただこうと思います。
曲は、この作品のタイトル曲である”Black Eyes”です。



いかがですか。
わたしとしては、1990年代以来、大西順子、松居慶子、木住野佳子、上原ひろみ、山中千尋など、世界で活躍する女流ジャズ・ピアニストを輩出してきた日本、前回の峰厚介の項で登場した清水絵理子に加えて片倉真由子と、その層の厚さに知ることになりました。
今後は、その彼女らの作品にも注目してゆきたいと思います。
それにしても、ピアノ以外でも前述の市原ひかりやヴァイオリニストの寺井尚子、ドラムの川口千里など、世界に名を馳せる女流ジャズ・アーティストを輩出している日本ジャズ界、女流パワー恐るべしといったところです。

閑話休題
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1980年代には、 ラテンフュージョン・グループの松岡直也 & ウィシングに参加、自身も1981年ブラジルのミュージシャンと共にレコーディングに臨み”BRAZIL”を発表、また1990年代にはギター奏者の山岸潤史、キーボード奏者の続木徹らと共にフュージョン・グループのCHICKEN SHACKを立ち上げるなどとと、精力的に活動の舞台を広げていった土岐英史。

しかし、明るいラテン色に包まれるサウンド中で繰り広げられる彼のプレイに耳を傾けてみると、そのサウンドはジャズそのものではあるも、初リーダー作品”Toki”で見せた刺々しいColtraneらしさは希薄となり、自身の音を掴んだ自信によるものか堂々とした威風が漂っているようにさえ感じられます。

こうした彼の履歴、それを見て行くと、この”Black Eye”の人々を魅了するプレイの源は、こうした経験の中で生まれ培われたものだったように思えて来ます。

そこで最後にこの魅了のサックス、土岐英史と片倉真由子のデュオによる有名なスタンダード・ナンバーの演奏でご堪能いただくことにいたしましょう。
曲は、”枯葉”です。



この曲、今回紹介した本作の発表の翌年の2019年 この映像と同様の土岐英史と片倉真由子のデュエット作品”After Dark”にも収めているのですが、その後、2020年、2021年と精力的に新作を発表し続けて来た土岐英史、そのことからも,まだまだこれから先も、との期待を抱いていたところのこの逝去の知らせ。
だが、この”Black Eyes”の前作である”Missing What?”とは2年のインターバルがあり、さらにそれ以前の作品とは6年であったことを考えると、”Black Eyes”以後の晩年における旺盛な新作制作意欲は、あたかも己の余命を察してのことだったのと、そんな気がしてきます。

そう思うと、どこか達観したような空気をも感じたこの”Black Eyes”、土岐英史がこのサウンドの奥に籠めた音楽人生の集大成としての心があり、その強いパルスが聴く者の心を強く揺さぶる、その力が何気ないままに引き込まれしまう、それこそが、この作品の大きな魅力だと思うに至ることになりました。

それにしても死の直前にその名を思い出した接することとなった土岐英史、そこに妙な因縁を感じながらも、敬礼の念を込めて冥福を祈りたいと思います。



Track listing
1.Black Eyes
2.845
3.Picasso’s Holiday
4.Little Phoenix
5.C Minor
6.Thunder Head
7.Lady Traveler
8.MA-TA-NE!

Personnel
土岐英史(as)
市原ひかり(tp,flh)
片倉真由子(pf)
佐藤“ハチ“恭彦(b)
奥平真吾(ds)

Releases
2018年10月17日

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