2023年 習志野第一空挺団降下訓練初め [閑話休題]
2023年も、早2週間が過ぎ、今はお正月気分も抜け、皆ようやく日常の生活に立ち戻ったところではないかと思いますが、
私の今年のお正月、どこに行くでもなく5日までお休みを頂き、ゆっくりと骨休みをし過ごしていたのですけど、そのお休みの最終日、家の中で過ごしていても、いつもに増して表の様子が賑やかしい。
そこで、表に出て空を見上げ眺めると、陸上自衛隊の大型輸送用ヘリコプターCH-47チヌーク5機が、編隊を成して我家の上空を飛び抜けて行く。
これは、賑やかしいのも当たり前!!
空挺団が駐留する我家近くの習志野の自衛隊、毎年お正月明けの最初の休日に習志野演習場での初降下訓練が一般公開で開催されるのですが、これはまた事前の訓練飛行?をしているのかなと思うも、今年は飛行機数が5機とは例年に比べかなり多いように思える。
そこで、今年の演習の演目はどうなているのかと調べてみると、今年の演習にはアメリカ、イギリス、そしてオーストラリアの空挺団も参加するとの案内。
なるほど、これなら飛行機数が多いのも、さもありなんと納得しつつ、海外の部隊参加の降下訓練。
これは、とにかく初めてのこと!!
ならば今年は、久々に演習を行ってみようかとの気が湧いて来て、久々に見に行くことにしたのです。
そして、1月8日の訓練開催日、当日。
演習場に向かう車で渋滞する成田街道を横目に、徒歩で目的地向け出発。
途中、習志野駐屯地前に差し掛かると、掲示板に第一空挺団降下訓練初めのポスターが。
開催日に間違いがないことを確認、一安心して再び歩き始め、ほどなく演習場入口に到着です。
さて到着したこの演習場、実は近代日本陸軍にとっては歴史的な場所。
この地、江戸時代には徳川幕府の馬牧であったところなのですが、幕府が倒れた後の、明治6年(1873年)4月29日、明治天皇ご臨席のもと、その御前で初の近衛兵の演習が行われた場所なのです。
そして、さらに、この演習には、歴史上超有名なさる人物も参加していたのですが?
さて、その人物とは..............??
その人とは、当時、唯一の陸軍大将であった、西郷どん こと西郷隆盛。
しかし、その登場、体格を生かした堂々とした馬上姿と思いきや、この時の西郷隆盛、肥満のため馬に乗れず馬の前をトボトボと歩いて出て来たとのことで、その姿を見た天皇は思わず笑いを漏らさられてしまったのだとか。
そうした英雄の隠された恥辱のエピソードが残る習志野ですが、その地名の名付け親は明治天皇。
近衛兵の演習の翌月に命名されたその地名の意味は、なんともカッコの悪さが目立った西郷どんの姿とは裏腹に、配下の陸軍少将 篠原国幹の颯爽とした見事な指揮ぶりに感服した天皇が、「習え篠原」と言う意味を込めて習志野ノ原と名付けたというのです。
この地名譚、他にいくつかの説があるようなのですが、西郷、篠原の出身地である鹿児島に住み、西郷どん生誕地の傍で暮らしたことのある私にとっては、「習え篠原」説がしっくりと来てしまう。
なにはともあれ、歴史的由緒あるこの習志野演習場。
興味があれば、この辺りの事情、さらに考察していただければと思います。
そして、その歴史譚に感慨を覚えながらとことこ歩いて、辿り着いた演習場の入り口。
その門をくぐったその眼前で出迎えてくれたのは、
2機の攻撃用へリコプターAH-1Sコブラ。
なんとも迫力のあるその雄姿!!
これから始まる訓練への期待が湧いて来ます。
出迎えのコブラを眺めながら進んでいくと、今度は会場の案内板が立っています。
昨年は、コロナ拡大のため一般公開は見送られたのですが、今年も行動制限はなくなったとは言え、コロナの嵐は去ったわけではない。
そのため、今年はこの会場でも入場時の検温、手荷物検査が実施されているとのこと。
まあこれもご時世、しっかり検査を受け潔白の身となったところで、右手に射距離200mの屋内射撃場を眺めながら、さらに歩いた先の分かれ道奥にあったのは。
画面をクリック拡大して装甲車の前の青い看板を見てください。
航空自衛隊 習志野分屯基地とありますね。
ここは、防空用の地対空ミサイルであるパトリオットミサイルを運用する第1高射群第1高射隊が駐屯しているところ。
2013年の初降下訓練を訪れた時には、このミサイル発射機トレーラーも演習に登場、そこで私も初めてそれを見て、家の近くにこんな強力兵器があることを知り、ずいぶん驚かされたものでしたが。
その基地、よく見るとのミサイル基地であることを明かすかのように左右にミサイルのようなものが設置されていますね。
場内に入って約2㎞、我家から5㎞ほど歩いただろうか、ようやく演習観覧地に到着。
そして、そこで待つこと10分ほど。
晴天の空にヘリコプターの爆音が近づいくるのが聞こえて来した。
そして、頭上にCH-47チヌークの姿が!!!
お待ちかね、いよいよ降下訓練の始まりです。
まず、最初に降りて来たのは、自衛隊空挺団の指揮官たち。
高度300mからの降下です。
それに続いて、訓練参加3か国の空挺部隊が降下して来ます。
自衛隊と海外部隊のパラシュート、その微妙な違いが目を引きますよね。
そして、今度はヘリの音はするけど姿は見えず。
一体どこから聞こえてくるのだろうかと、目を凝らして空を見渡すとヘリが点にしか見えない遥か上空彼方(高度1000m以上か)より、何かをばらまいているのが見えます。
よく見ると、それは無数の落下傘。
会場のアナウンスよれば、これは自由降下傘とのこと。
本来は、地上の敵軍から音も姿も捉えられないよう、高度8,200 m以上から降下するものなのだそうで、それを隊員が自身で操縦誘導し目的の着地ポイントに降り立つものなだとか。
調べてみると、この落下傘、本隊に先行する降下誘導部隊 とか 、特殊作戦の際の特殊部隊など隠密裏の行動を求められる作戦の際に使用されものとのこと。
知れば知るほど、この自由降下傘での演武、それは厳しい訓練の賜物であると頭が下がる思いにかられることになりました。
以上降下訓練の様子、写真でご紹介いたしましたが、動画にも撮影、ショート・ムービーにしてみましたので、またその大空に広がる大迫力、ご覧ください。
さて、今回この降下訓練を見に行ったのは、海外部隊の参加の他もう一つ理由があるのですが、それが2022年も押し迫った12月16日に発表されたこの政府の閣議決定。
それは、防衛力整備計画において、攻撃用ヘリコプターAH-64Dアパッチ、同AH-1Sコブラ、偵察用ヘリコプターOH-1ニンジャなどを廃止し、今後は、その任務を無人航空機に移行するという決定。
確かにウクライナ侵攻では、攻撃や偵察の任務はドローンがその有効性を十二分に発揮していて、さらに人命擁護やコストの面でも、有人のヘリコプターに対し有利であることが証明されことから、この決定は当然の帰結だと思うのですが、
とは言っても、いずれ精悍さに溢れるあの雄姿が見れなくなるのはなんとも寂しい。
という訳で、今回は、降下訓練の方はこの辺で切り上げて、AH-1Sを拝みに入口の駐機場へ向かうことにしたのです。
駐機場までは距離があるので、歩いていれば、そのうち飛んでくるAH-1Sに出会うかもと考え足を進めていくと、前方から期待の爆音が聞こえて来ます。
そこで、その方向を見上げてみると、大当たり。
AH-1Sが、こちらに向かって飛んで来ます。
古武士然とした不敵な面構えに、他の用途のヘリコプターには感じられない強い闘争心があるこのヘリコプター。
しかし、その胴体は後ろから見ると驚くほど細身。
それは、相手からの攻撃による被弾を避けるためだと思われるのですが、そうしたところにも戦うヘリコプターとしての佇まいを強く感じます。
さて、こちらも動画に撮影、ショート・ムービーにしてみましたので、その戦慄の雄叫び、ここでご覧頂くことに致しましょう。
自衛隊の他のヘリコプターに比べひときわ大きいエンジン音。
この日の駐機場には、AH-1Sが2機の他、多用途ヘリコプタ-UH-1Jが4機駐機していたのですけど、UH-1Jのエンジン音、このAH-1Sのエンジン音にかき消されほとんど聞こえてこなかったほど。
さらに、空を飛ぶそのサウンドは、有翼のプロペラ戦闘機が攻撃態勢で迫って来るような、危機感を煽るほどの迫力。
1982年より90機が生産されたこのAH-1S、現在は48機が現役として稼働しているとのことですが、あと数年もすると、ここにいるのはドローンとなってしまっているだろうな思いながら、今回はその雄姿に間近で接することが出来たこと、良き思い出となりました。
そして良き思い出となったこの演習、しかしながら、日本周辺もしかり国際情勢の緊張が高まる今、防衛ため日夜鍛錬に励む自衛隊の姿は、一種の頼もしさを覚えるももの、その技能を発揮する事態は訪れることのないようにあって欲しいものだと思いました。
私の今年のお正月、どこに行くでもなく5日までお休みを頂き、ゆっくりと骨休みをし過ごしていたのですけど、そのお休みの最終日、家の中で過ごしていても、いつもに増して表の様子が賑やかしい。
そこで、表に出て空を見上げ眺めると、陸上自衛隊の大型輸送用ヘリコプターCH-47チヌーク5機が、編隊を成して我家の上空を飛び抜けて行く。
これは、賑やかしいのも当たり前!!
空挺団が駐留する我家近くの習志野の自衛隊、毎年お正月明けの最初の休日に習志野演習場での初降下訓練が一般公開で開催されるのですが、これはまた事前の訓練飛行?をしているのかなと思うも、今年は飛行機数が5機とは例年に比べかなり多いように思える。
そこで、今年の演習の演目はどうなているのかと調べてみると、今年の演習にはアメリカ、イギリス、そしてオーストラリアの空挺団も参加するとの案内。
なるほど、これなら飛行機数が多いのも、さもありなんと納得しつつ、海外の部隊参加の降下訓練。
これは、とにかく初めてのこと!!
ならば今年は、久々に演習を行ってみようかとの気が湧いて来て、久々に見に行くことにしたのです。
そして、1月8日の訓練開催日、当日。
演習場に向かう車で渋滞する成田街道を横目に、徒歩で目的地向け出発。
途中、習志野駐屯地前に差し掛かると、掲示板に第一空挺団降下訓練初めのポスターが。
開催日に間違いがないことを確認、一安心して再び歩き始め、ほどなく演習場入口に到着です。
さて到着したこの演習場、実は近代日本陸軍にとっては歴史的な場所。
この地、江戸時代には徳川幕府の馬牧であったところなのですが、幕府が倒れた後の、明治6年(1873年)4月29日、明治天皇ご臨席のもと、その御前で初の近衛兵の演習が行われた場所なのです。
そして、さらに、この演習には、歴史上超有名なさる人物も参加していたのですが?
さて、その人物とは..............??
その人とは、当時、唯一の陸軍大将であった、西郷どん こと西郷隆盛。
しかし、その登場、体格を生かした堂々とした馬上姿と思いきや、この時の西郷隆盛、肥満のため馬に乗れず馬の前をトボトボと歩いて出て来たとのことで、その姿を見た天皇は思わず笑いを漏らさられてしまったのだとか。
そうした英雄の隠された恥辱のエピソードが残る習志野ですが、その地名の名付け親は明治天皇。
近衛兵の演習の翌月に命名されたその地名の意味は、なんともカッコの悪さが目立った西郷どんの姿とは裏腹に、配下の陸軍少将 篠原国幹の颯爽とした見事な指揮ぶりに感服した天皇が、「習え篠原」と言う意味を込めて習志野ノ原と名付けたというのです。
この地名譚、他にいくつかの説があるようなのですが、西郷、篠原の出身地である鹿児島に住み、西郷どん生誕地の傍で暮らしたことのある私にとっては、「習え篠原」説がしっくりと来てしまう。
なにはともあれ、歴史的由緒あるこの習志野演習場。
興味があれば、この辺りの事情、さらに考察していただければと思います。
そして、その歴史譚に感慨を覚えながらとことこ歩いて、辿り着いた演習場の入り口。
その門をくぐったその眼前で出迎えてくれたのは、
2機の攻撃用へリコプターAH-1Sコブラ。
なんとも迫力のあるその雄姿!!
これから始まる訓練への期待が湧いて来ます。
出迎えのコブラを眺めながら進んでいくと、今度は会場の案内板が立っています。
昨年は、コロナ拡大のため一般公開は見送られたのですが、今年も行動制限はなくなったとは言え、コロナの嵐は去ったわけではない。
そのため、今年はこの会場でも入場時の検温、手荷物検査が実施されているとのこと。
まあこれもご時世、しっかり検査を受け潔白の身となったところで、右手に射距離200mの屋内射撃場を眺めながら、さらに歩いた先の分かれ道奥にあったのは。
画面をクリック拡大して装甲車の前の青い看板を見てください。
航空自衛隊 習志野分屯基地とありますね。
ここは、防空用の地対空ミサイルであるパトリオットミサイルを運用する第1高射群第1高射隊が駐屯しているところ。
2013年の初降下訓練を訪れた時には、このミサイル発射機トレーラーも演習に登場、そこで私も初めてそれを見て、家の近くにこんな強力兵器があることを知り、ずいぶん驚かされたものでしたが。
その基地、よく見るとのミサイル基地であることを明かすかのように左右にミサイルのようなものが設置されていますね。
場内に入って約2㎞、我家から5㎞ほど歩いただろうか、ようやく演習観覧地に到着。
そして、そこで待つこと10分ほど。
晴天の空にヘリコプターの爆音が近づいくるのが聞こえて来した。
そして、頭上にCH-47チヌークの姿が!!!
お待ちかね、いよいよ降下訓練の始まりです。
まず、最初に降りて来たのは、自衛隊空挺団の指揮官たち。
高度300mからの降下です。
それに続いて、訓練参加3か国の空挺部隊が降下して来ます。
自衛隊と海外部隊のパラシュート、その微妙な違いが目を引きますよね。
そして、今度はヘリの音はするけど姿は見えず。
一体どこから聞こえてくるのだろうかと、目を凝らして空を見渡すとヘリが点にしか見えない遥か上空彼方(高度1000m以上か)より、何かをばらまいているのが見えます。
よく見ると、それは無数の落下傘。
会場のアナウンスよれば、これは自由降下傘とのこと。
本来は、地上の敵軍から音も姿も捉えられないよう、高度8,200 m以上から降下するものなのだそうで、それを隊員が自身で操縦誘導し目的の着地ポイントに降り立つものなだとか。
調べてみると、この落下傘、本隊に先行する降下誘導部隊 とか 、特殊作戦の際の特殊部隊など隠密裏の行動を求められる作戦の際に使用されものとのこと。
知れば知るほど、この自由降下傘での演武、それは厳しい訓練の賜物であると頭が下がる思いにかられることになりました。
以上降下訓練の様子、写真でご紹介いたしましたが、動画にも撮影、ショート・ムービーにしてみましたので、またその大空に広がる大迫力、ご覧ください。
さて、今回この降下訓練を見に行ったのは、海外部隊の参加の他もう一つ理由があるのですが、それが2022年も押し迫った12月16日に発表されたこの政府の閣議決定。
それは、防衛力整備計画において、攻撃用ヘリコプターAH-64Dアパッチ、同AH-1Sコブラ、偵察用ヘリコプターOH-1ニンジャなどを廃止し、今後は、その任務を無人航空機に移行するという決定。
確かにウクライナ侵攻では、攻撃や偵察の任務はドローンがその有効性を十二分に発揮していて、さらに人命擁護やコストの面でも、有人のヘリコプターに対し有利であることが証明されことから、この決定は当然の帰結だと思うのですが、
とは言っても、いずれ精悍さに溢れるあの雄姿が見れなくなるのはなんとも寂しい。
という訳で、今回は、降下訓練の方はこの辺で切り上げて、AH-1Sを拝みに入口の駐機場へ向かうことにしたのです。
駐機場までは距離があるので、歩いていれば、そのうち飛んでくるAH-1Sに出会うかもと考え足を進めていくと、前方から期待の爆音が聞こえて来ます。
そこで、その方向を見上げてみると、大当たり。
AH-1Sが、こちらに向かって飛んで来ます。
古武士然とした不敵な面構えに、他の用途のヘリコプターには感じられない強い闘争心があるこのヘリコプター。
しかし、その胴体は後ろから見ると驚くほど細身。
それは、相手からの攻撃による被弾を避けるためだと思われるのですが、そうしたところにも戦うヘリコプターとしての佇まいを強く感じます。
さて、こちらも動画に撮影、ショート・ムービーにしてみましたので、その戦慄の雄叫び、ここでご覧頂くことに致しましょう。
自衛隊の他のヘリコプターに比べひときわ大きいエンジン音。
この日の駐機場には、AH-1Sが2機の他、多用途ヘリコプタ-UH-1Jが4機駐機していたのですけど、UH-1Jのエンジン音、このAH-1Sのエンジン音にかき消されほとんど聞こえてこなかったほど。
さらに、空を飛ぶそのサウンドは、有翼のプロペラ戦闘機が攻撃態勢で迫って来るような、危機感を煽るほどの迫力。
1982年より90機が生産されたこのAH-1S、現在は48機が現役として稼働しているとのことですが、あと数年もすると、ここにいるのはドローンとなってしまっているだろうな思いながら、今回はその雄姿に間近で接することが出来たこと、良き思い出となりました。
そして良き思い出となったこの演習、しかしながら、日本周辺もしかり国際情勢の緊張が高まる今、防衛ため日夜鍛錬に励む自衛隊の姿は、一種の頼もしさを覚えるももの、その技能を発揮する事態は訪れることのないようにあって欲しいものだと思いました。
その爆音僕も当日聞いています。
by 静謐な一日 (2023-01-23 14:57)
パラシュートの降下をこんなに近くで
見れるっていいですね。
by 響 (2023-01-24 18:55)
響さん
家から降下訓練塔が見えるので、日常訓練の様子はよく目にしているのですが、演習場に中で間近に見ると、その迫力は段違い、また凄さを実感してしまいますね。
by 老年蛇銘多親父(HM-Oyaji) (2023-01-25 17:11)
静謐な一日さん
爆音を聞かれましたか。
私も、演習を見に行かない年は、家でその爆音を聞いています。
しかし、間近で聞くとその迫力は強烈。
2年ぐらい過ぎると、また演習を見に行きたい気持ちになってしまいます。
by 老年蛇銘多親父(HM-Oyaji) (2023-01-25 17:18)