期待されるも、はかなく消えた思い出のアーティスト;Madura [音源発掘]
ようやく本来の秋らしい穏やかさが訪れたところで始めたのが,その昔聴いていたアナログ・レコードのデジタル化作業。
アナログ・レコードが脚光を浴びている現在、流行に逆行しているかのように見えますが、確かに、アナログの機器の調整如何でデジタルでは味わえない些細な音の変化を見つけ出し味わうことの面白さには、格別なものがあるのも事実。
そうした折、どういう訳かこの夏、若い時にアナログで聴いた日本では無名のとあるバンドのサウンドが頭の中で鳴り始めたことから、そのアナログ盤を取り出し超久々(30年ぶりぐらいか)に聴いてみたところ、その昔、聴いた時はよく分からず自分の趣味とは合わないサウンドだなと思っていたにもかかわらず、なぜか今は妙に心にフィットしてしまって。
ならば、持ち歩き所を変え腰を据えて聴いてみたいと思うも、如何せんアナログでは気軽に持ち運びどこでも気軽に聴くという訳には行かず、やはり、それを可能にするのはデジタル化だと作業を始めることにしたという次第。
そうして聴いたそのバンド、持ち運び場所を変えて聴いてみると、また新たな良さが見えて来てなかなかいい。
と言うことで、今回、取り上げる作品は、そのとあるバンドの作品とすることに致しました。
さて、その作品が、これ!!!
アメリカ、シカゴ出身の3人組によるジャズロック・トリオ、Maduraの1971年発表のデビュー・アルバム”Madura”です。
しかし、Maduraと言っても、その名を知る人はそう大くはいないはず。
というのも彼ら、日本では、紹介され作品発表には至ったのですが、ほとんど話題に上ることはなく、いつの間にか忘れ去られてしまった存在なので、それは当然のこと。
しかし、そんな無名の連中、聴いてみると、それぞれの楽器を担当するメンバーの類い稀なテクニックから生まれ出るスリリングな音の絡み合いと、巧なヴォーカル・ハーモニーで隙のないサウンドを生み出している。
これは只者にあらず、埋もれさせておくわけには行かないと、ここで取り上げることにしたのです。
まずは、そのMaduraの経歴
1969年、Alan DeCarlo(ギター、リード・ヴォーカル)、Hawk Wolinski(キーボード、リード・ヴォーカル)を中心にトリオ結成。
翌1970年にはドラムをRoss Salomoneに替え、本デビュー作を発表。
とあるのですけど、それまでの活動でかなりの力量を示していたと思われる彼等、そのための彼らデビュー作品の制作発表に当ってはレコード会社も、かなりの力の入れようだったことが思い出されます。
その証拠に、プロデュースには、当時ブラス・ロックの旗頭として人気の頂点にあった、そして現在も活動を続けているChicagoを世に送り出し、敏腕プロデュサーとしての評価を得ていたJames William Guercioが当り、さらには、Chicagoの弟分として大々的なプロモーションが行われるなど、単なる新人アーティストとは思えないほどのものであったのです。
それではそのMadura、前置きはこのぐらいのして、センセーショナルなデビューを飾るも、大きく名を残すことがなかった彼らのサウンド、一体どんなものであったのか、まずは1曲お聴きください。
曲は、"Drinking No Wine(邦題;ワインも飲まずに)" です。
ポップ感はあるけれど、ジャズの色彩が強いそのサウンド。
当時は違和感を覚えていたのに、今聴くと何故かごく自然に耳に入ってくる。
そのこと、今、どうしてだったかを考えてみると、この作品が発表された頃は、まだ、ジャズとロックの融合の動きは、まだ始まったばかりの黎明の時期で、まだフュージョンなどというジャンルを表す言葉はなかった時代。
そのため、当時、彼らの音楽はサイケデリック・ロックというジャンルに分類されていたようなのですが、このジャンル、60年代の終りクラシックやジャズ、フォークなどのエッセンスを吸収した超カラフル色彩を連想させる、この時代に出現した新しいロック・サウンドの対して名付けられていたもののはず。
しかし、彼らのサウンドは、超極色彩をイメージするこのジャンルのもとは全く異なる硬派なイメージが感じられるもの。
そうしたことから、当時彼らを区分したこのジャンル、そのジャンル名から思い浮かぶサウンドと、実際聴く彼らのサウンドの大きな隔たりがあって、それが私を含めて聴く人々の戸惑いを生み、結局それが彼らの評価に悪い影響を及ぼしてしまったように思えて来るのです。
しかし、今フュージョン全盛の時代を経た耳で聴くと、これはまさしくジャズ・センス満載の硬派なフュージョン・ミュージック。
ヴォーカルの合間に繰り広げらている器楽による彼らの鋭いインプロビゼーションの響き。
その、鍛え抜かれたテクニックから生まれ出る緊張の旋律に耳を奪われてしまい、時代の流れを越えて、その本質を見極めたような気持ちになって来ます。
そうした今の耳で聴くMadura。
今度は、彼らのインプロビゼーションが大いに楽しめる演奏を曲を聴いて頂こうと思います。
それでは、曲は”Trapped(邦題;罠にかかったぼく)”!!
じっくりとお聴きください。
このMadura、頭の中で鳴り出したのを機に、今回、超久々に聴いてみましたが、思ったのはこの連中、もう少し遅くこの世に出てくれば全く違った評価を受けたかもしれないということ。
おかげで、この作品が発表された頃は、即Getして当てが外れたと思っていましたが、今聴いてみると、そのGetは、けして間違いでなかったことを確信することになりました。
そして、そんな彼ら、既に忘れさられた連中なれど、こうしたバンドがあったこと、ご訪問くださった皆様の記憶の底にでも留めおいていただければと思っています。
それでは、この稿、最後のMaduraの演奏。
今度は、ロック創始者の一人であるCharles Berryによるロック黎明期の名曲”Johnny B. Goode”聴いて頂き、彼らのジャズ・センス溢れるロック・サウンドを聴いて頂き、今のポップには失われたぶつかり合うサウンドの面白さを味わっていただくことに致しましょう。
ロックのパワーとジャズの即興が調和融合した聴き応えのある演奏。
その後に現れたコマーシャルベースの柔なフュージョンとは一線画す、ジャズらしい緊張感を伴ったサウンドが痛快でした。
それにしても、今さらながらにこのMadura、何故、突然頭の中で鳴り出したのかわからず、本当に不思議なのですが、聴いてみるとそんなに数を重ねて聴いていたわけではないのに、どの曲もしっかりと覚えていた。
考えてみればそのこと、当時は気付かなかったけれど今回聴き直してみて、それは、おそらく名プロデュサーJames William Guercioの耳に残るサウンドの壺を作る技と、その技に応え得たMadura面々の音楽に対する深い献身の賜物によるものだった。
なにはともあれ遥か昔によくわからないままに聴いてたこのサウンド、今回は、その真の心に触れることが出来たように思います。
おかげで、すっかり酔いしれ、体スッキリ!頭スッキリ。
ようやく訪れた過ごしやすさ。
そう長くは続かないかもと思いながらも、すべてがスッキリと新たな活力を得たところで、いろいろ外に出掛けて、その穏やかな季節の風情を歩き楽しむことしようと考えています。
Track listing
Disc1
1.Hawk Piano
2.Drinking No Wine ワインも飲まずに
3.Dreams
4.Plains As Day 助けておくれ
5.My Love Is Free 愛は君のもの
6.Free From The Devil
7.My What A World
8.Stimulation
9.Don't Be Afraid 恐がることはない -悪魔からのがれて-
10.Damnation ののしり
11.See For Yourself 君はもういない
Disc2
1.I Think I'm Dreaming
2.It's A Good Time For Loving
3.Trapped 罠にかかったぼく
4.Johnny B. Goode
5.Reflections ぼくの歌を歌っておくれ
6.Man's Rebirth Through Childbirth Part 1 出産を通しての人間の再生 パート1
7.Man's Rebirth Through Childbirth Part 2 出産を通しての人間の再生 パート2
8.Joy In Old Age By Way Of Self Observation
9.Talking To Myself 告白
Personnel
Hawk - Keyboards, Lead Vocals
Alan DeCarlo - Guitar, Lead Vocals
Ross Salomone - Drums, Background Vocals
James William Guercio - Produce
Release
1971
活力を得たところでの外出見聞の決意。 さっそく実行することにいたしました。
訪れることにしたのは、彼岸花の里。
鹿児島に住んでいた頃、宮崎へ出張の帰り小林付近を走っている時に見た、あたり一面を覆いつくし群れ咲く彼岸花の園。
その見事な咲きっぷりが忘れられず、以後毎年、その場所に行ってみたのですけど、開花の期間が短い花と言うこともあって、とうとうタイミングよく花を見ることが出来なかったのですけど....
そして、その後も、転勤で住むことになった先々で、群れ咲く彼岸花が見れる場所を探すも見つからず。
以来、ずっと群れ咲く彼岸花の園を見たいと思い続けて来たのですが、今年、ある方のブログ見ていたところ、そこにあった念願の群れ咲く彼岸花の園の写真。
この場所は、どこのあるのかと記事を読んでみると、なんとその場所、私の毎日の通勤の通り道!!
まさに燈台下暗し
まだまだ夏の厳しい暑さが残る時期でしたけど、長年探し求めていた花の風景。
5日間程度という短い花の命を考えれば、ちょと暑いななどとグダグダ言っている場合じゃないと向かったのは、千葉県松戸市にある祖光院。
着くやいなや、さっそく彼岸花を求めて境内を歩いてみたのですが、花はまばらで写真で見た群れ咲く様子とは大違いの風景。
ちょっとガッカリ気分で、毎年この時期ここに来ているという御婆ちゃんに話を聞くと、今年はかなり花数が少ないとのこと。
これも猛暑のせいなのか
やっぱりなと思いながらも、ならば来年の再チャレンジに備えてすべてを見ておこうと、気を取り直し足を進めてみたところ現われたのは。
群れ咲く彼岸花の園。
これだけ咲いていればと喜び、一凛一凛よく見てみると、赤だけでなく白の彼岸花も咲いている。
さらには、黄色の彼岸花まで...................................
ようやく叶った長年の願い、そのうえ他ではなかなか見られない色の彼岸花にも出会えて。
花数は少なかったのかもしれませんが、長年の思い達成!!
来年も、より多く咲く彼岸花に出会うべく、花の時期、またここを訪れてみようと思いました。
アナログ・レコードが脚光を浴びている現在、流行に逆行しているかのように見えますが、確かに、アナログの機器の調整如何でデジタルでは味わえない些細な音の変化を見つけ出し味わうことの面白さには、格別なものがあるのも事実。
そうした折、どういう訳かこの夏、若い時にアナログで聴いた日本では無名のとあるバンドのサウンドが頭の中で鳴り始めたことから、そのアナログ盤を取り出し超久々(30年ぶりぐらいか)に聴いてみたところ、その昔、聴いた時はよく分からず自分の趣味とは合わないサウンドだなと思っていたにもかかわらず、なぜか今は妙に心にフィットしてしまって。
ならば、持ち歩き所を変え腰を据えて聴いてみたいと思うも、如何せんアナログでは気軽に持ち運びどこでも気軽に聴くという訳には行かず、やはり、それを可能にするのはデジタル化だと作業を始めることにしたという次第。
そうして聴いたそのバンド、持ち運び場所を変えて聴いてみると、また新たな良さが見えて来てなかなかいい。
と言うことで、今回、取り上げる作品は、そのとあるバンドの作品とすることに致しました。
さて、その作品が、これ!!!
アメリカ、シカゴ出身の3人組によるジャズロック・トリオ、Maduraの1971年発表のデビュー・アルバム”Madura”です。
しかし、Maduraと言っても、その名を知る人はそう大くはいないはず。
というのも彼ら、日本では、紹介され作品発表には至ったのですが、ほとんど話題に上ることはなく、いつの間にか忘れ去られてしまった存在なので、それは当然のこと。
しかし、そんな無名の連中、聴いてみると、それぞれの楽器を担当するメンバーの類い稀なテクニックから生まれ出るスリリングな音の絡み合いと、巧なヴォーカル・ハーモニーで隙のないサウンドを生み出している。
これは只者にあらず、埋もれさせておくわけには行かないと、ここで取り上げることにしたのです。
まずは、そのMaduraの経歴
1969年、Alan DeCarlo(ギター、リード・ヴォーカル)、Hawk Wolinski(キーボード、リード・ヴォーカル)を中心にトリオ結成。
翌1970年にはドラムをRoss Salomoneに替え、本デビュー作を発表。
とあるのですけど、それまでの活動でかなりの力量を示していたと思われる彼等、そのための彼らデビュー作品の制作発表に当ってはレコード会社も、かなりの力の入れようだったことが思い出されます。
その証拠に、プロデュースには、当時ブラス・ロックの旗頭として人気の頂点にあった、そして現在も活動を続けているChicagoを世に送り出し、敏腕プロデュサーとしての評価を得ていたJames William Guercioが当り、さらには、Chicagoの弟分として大々的なプロモーションが行われるなど、単なる新人アーティストとは思えないほどのものであったのです。
それではそのMadura、前置きはこのぐらいのして、センセーショナルなデビューを飾るも、大きく名を残すことがなかった彼らのサウンド、一体どんなものであったのか、まずは1曲お聴きください。
曲は、"Drinking No Wine(邦題;ワインも飲まずに)" です。
ポップ感はあるけれど、ジャズの色彩が強いそのサウンド。
当時は違和感を覚えていたのに、今聴くと何故かごく自然に耳に入ってくる。
そのこと、今、どうしてだったかを考えてみると、この作品が発表された頃は、まだ、ジャズとロックの融合の動きは、まだ始まったばかりの黎明の時期で、まだフュージョンなどというジャンルを表す言葉はなかった時代。
そのため、当時、彼らの音楽はサイケデリック・ロックというジャンルに分類されていたようなのですが、このジャンル、60年代の終りクラシックやジャズ、フォークなどのエッセンスを吸収した超カラフル色彩を連想させる、この時代に出現した新しいロック・サウンドの対して名付けられていたもののはず。
しかし、彼らのサウンドは、超極色彩をイメージするこのジャンルのもとは全く異なる硬派なイメージが感じられるもの。
そうしたことから、当時彼らを区分したこのジャンル、そのジャンル名から思い浮かぶサウンドと、実際聴く彼らのサウンドの大きな隔たりがあって、それが私を含めて聴く人々の戸惑いを生み、結局それが彼らの評価に悪い影響を及ぼしてしまったように思えて来るのです。
しかし、今フュージョン全盛の時代を経た耳で聴くと、これはまさしくジャズ・センス満載の硬派なフュージョン・ミュージック。
ヴォーカルの合間に繰り広げらている器楽による彼らの鋭いインプロビゼーションの響き。
その、鍛え抜かれたテクニックから生まれ出る緊張の旋律に耳を奪われてしまい、時代の流れを越えて、その本質を見極めたような気持ちになって来ます。
そうした今の耳で聴くMadura。
今度は、彼らのインプロビゼーションが大いに楽しめる演奏を曲を聴いて頂こうと思います。
それでは、曲は”Trapped(邦題;罠にかかったぼく)”!!
じっくりとお聴きください。
このMadura、頭の中で鳴り出したのを機に、今回、超久々に聴いてみましたが、思ったのはこの連中、もう少し遅くこの世に出てくれば全く違った評価を受けたかもしれないということ。
おかげで、この作品が発表された頃は、即Getして当てが外れたと思っていましたが、今聴いてみると、そのGetは、けして間違いでなかったことを確信することになりました。
そして、そんな彼ら、既に忘れさられた連中なれど、こうしたバンドがあったこと、ご訪問くださった皆様の記憶の底にでも留めおいていただければと思っています。
それでは、この稿、最後のMaduraの演奏。
今度は、ロック創始者の一人であるCharles Berryによるロック黎明期の名曲”Johnny B. Goode”聴いて頂き、彼らのジャズ・センス溢れるロック・サウンドを聴いて頂き、今のポップには失われたぶつかり合うサウンドの面白さを味わっていただくことに致しましょう。
ロックのパワーとジャズの即興が調和融合した聴き応えのある演奏。
その後に現れたコマーシャルベースの柔なフュージョンとは一線画す、ジャズらしい緊張感を伴ったサウンドが痛快でした。
それにしても、今さらながらにこのMadura、何故、突然頭の中で鳴り出したのかわからず、本当に不思議なのですが、聴いてみるとそんなに数を重ねて聴いていたわけではないのに、どの曲もしっかりと覚えていた。
考えてみればそのこと、当時は気付かなかったけれど今回聴き直してみて、それは、おそらく名プロデュサーJames William Guercioの耳に残るサウンドの壺を作る技と、その技に応え得たMadura面々の音楽に対する深い献身の賜物によるものだった。
なにはともあれ遥か昔によくわからないままに聴いてたこのサウンド、今回は、その真の心に触れることが出来たように思います。
おかげで、すっかり酔いしれ、体スッキリ!頭スッキリ。
ようやく訪れた過ごしやすさ。
そう長くは続かないかもと思いながらも、すべてがスッキリと新たな活力を得たところで、いろいろ外に出掛けて、その穏やかな季節の風情を歩き楽しむことしようと考えています。
Track listing
Disc1
1.Hawk Piano
2.Drinking No Wine ワインも飲まずに
3.Dreams
4.Plains As Day 助けておくれ
5.My Love Is Free 愛は君のもの
6.Free From The Devil
7.My What A World
8.Stimulation
9.Don't Be Afraid 恐がることはない -悪魔からのがれて-
10.Damnation ののしり
11.See For Yourself 君はもういない
Disc2
1.I Think I'm Dreaming
2.It's A Good Time For Loving
3.Trapped 罠にかかったぼく
4.Johnny B. Goode
5.Reflections ぼくの歌を歌っておくれ
6.Man's Rebirth Through Childbirth Part 1 出産を通しての人間の再生 パート1
7.Man's Rebirth Through Childbirth Part 2 出産を通しての人間の再生 パート2
8.Joy In Old Age By Way Of Self Observation
9.Talking To Myself 告白
Personnel
Hawk - Keyboards, Lead Vocals
Alan DeCarlo - Guitar, Lead Vocals
Ross Salomone - Drums, Background Vocals
James William Guercio - Produce
Release
1971
活力を得たところでの外出見聞の決意。 さっそく実行することにいたしました。
訪れることにしたのは、彼岸花の里。
鹿児島に住んでいた頃、宮崎へ出張の帰り小林付近を走っている時に見た、あたり一面を覆いつくし群れ咲く彼岸花の園。
その見事な咲きっぷりが忘れられず、以後毎年、その場所に行ってみたのですけど、開花の期間が短い花と言うこともあって、とうとうタイミングよく花を見ることが出来なかったのですけど....
そして、その後も、転勤で住むことになった先々で、群れ咲く彼岸花が見れる場所を探すも見つからず。
以来、ずっと群れ咲く彼岸花の園を見たいと思い続けて来たのですが、今年、ある方のブログ見ていたところ、そこにあった念願の群れ咲く彼岸花の園の写真。
この場所は、どこのあるのかと記事を読んでみると、なんとその場所、私の毎日の通勤の通り道!!
まさに燈台下暗し
まだまだ夏の厳しい暑さが残る時期でしたけど、長年探し求めていた花の風景。
5日間程度という短い花の命を考えれば、ちょと暑いななどとグダグダ言っている場合じゃないと向かったのは、千葉県松戸市にある祖光院。
着くやいなや、さっそく彼岸花を求めて境内を歩いてみたのですが、花はまばらで写真で見た群れ咲く様子とは大違いの風景。
ちょっとガッカリ気分で、毎年この時期ここに来ているという御婆ちゃんに話を聞くと、今年はかなり花数が少ないとのこと。
これも猛暑のせいなのか
やっぱりなと思いながらも、ならば来年の再チャレンジに備えてすべてを見ておこうと、気を取り直し足を進めてみたところ現われたのは。
群れ咲く彼岸花の園。
これだけ咲いていればと喜び、一凛一凛よく見てみると、赤だけでなく白の彼岸花も咲いている。
さらには、黄色の彼岸花まで...................................
ようやく叶った長年の願い、そのうえ他ではなかなか見られない色の彼岸花にも出会えて。
花数は少なかったのかもしれませんが、長年の思い達成!!
来年も、より多く咲く彼岸花に出会うべく、花の時期、またここを訪れてみようと思いました。
特に”Trapped”が軽快ですね、しかし、邦題の付け方が(笑)
バンドや作品とは直接関係ない宣伝力とか運によるのでしょうか、ファンとしては少し寂しいですが、売れれなくても良いものはありますよね♪
お寺の彼岸花、儚い所が、よいですね~
by mk1sp (2023-10-16 21:26)
こんばんは、鳥取駅にコメントを有難う
ございます。
鬼太郎関連の写真をご覧頂き有難
うございました。
アナログはノイズが多く、デジタルに切り替わ
りましたがレコードや録音したテープを聞くと
一味違いますね。
by tarou (2023-10-17 18:21)
mk1spさん
50年前の不発のアーティストなど取り上げても誰も聴いてくれないよなと思っていたのですけど、聴いて頂けて嬉しく思っています。
”Trapped”の邦題、私も初めて見た時からここまで意訳するかと思っていたのですけど、木アルバム全体の流れを知ると、不思議にピッタリの感じ。
今は、これもセールスを考えての結果だったように思っています。
とは言いながら、このMadura、今の方々が聴いてどう感じらるのか、気になりますね。
by 老年蛇銘多親父(HM-Oyaji) (2023-10-18 21:09)
tarou さん
レコードや録音したテープ、確かにノイズはあるけど、デジタルにはない、自然界に宿る余韻の響きが感じられるような気がしていいものです。
水木しげるさんの作品にも、そうした空気があるように思え、そこから来る普遍的なテーマに、今も多くの人が惹かれる要因があった。
両者並び感じて、そんな風なことを考えてしまいました。
by 老年蛇銘多親父(HM-Oyaji) (2023-10-18 21:28)