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2019年!印象に残った作品;Jazz-Anoter Instmental & Vocal編 [音源発掘]

長かった入院生活からも、無事解放。
今は日常を取り戻すべくリハビリ、療養中となったところで当ブログも、再開の運びとなりました。

前回は、これから入院、当ブログもしばらくお休みということもあって、例年より少し早めであるけれど一年の締め括りとして”2019年!印象に残った作品”の第一弾としてジャズ・ピアノの作品を取上げ語らさせていただきましたが、今回は引き続きその第2弾。

ピアノ以外の楽器によるジャズ作品と、同じくヴォーカルの作品を選び語ることにしたいと思います。


しかし........


そうは決めたものの、いざ、どの作品をチョイスするかの段になって、今年は例年に増して多くの作品に接しすることが出来、その分印象に残った作品が多かったことから、困ったことに、今度はその中からさらに3作品程度に絞り込み選ぶとなると、それを決めきるのはなかなか難しくなってしまう始末。

とは言いながらもなにが幸いするかわからないもので、そこに訪れたのが病院のベットの上で過ごすことになった入院生活。
何もすることがなく時間を持て余し退屈であったことから、ならばと言う訳でそれらの作品を再度聴き直し、選択肢を絞ることにしたのです。

そうして、選んだのが以下の3作品。



まずは、日本のテナー・サックス奏者 中村誠一の

中村誠一 First Contact.jpg


1973年の作品、”First Contact”から。

この作品、今年たまたまビデオデッキを手に入れたことから、我がのライブラリーにお蔵に入りしていた平成の初めのライブ映像のデジタル化しようとその作業をする中で、この中村誠一が、日本のジャズ史上名高いジョージ川口とビッグ4の後継であるニュー・ビッグ4のメンバーとしてのプレーしている映像を発見、デビュー当初はピアニストの山下洋輔トリオのメンバーとして、フリーなプレーに徹していた彼が、客演で同カルテットに参加していたテナー・サックス奏者の松本英彦と共にオ-ソドックスの香り高いジャズを歌い上げているのを見て、そのリーダー作品が聴きたくなり調べ手に入れたのが本作だったのです。

この作品、中村誠一ソロ転向後の初リーダー作品なのですが、発表当時は、それまでの山下洋輔トリオで演じたフリージャズのスタイルから一転して、オーソドックスな演奏に変貌した意外なその姿が話題を呼んだものっだったのだとか。

しかし、今あの時代を振り返ってみると、本場アメリカでは、60年代後半のフリー・ジャズの行き詰まりから次の時代へのジャズを模索する動きの中で生まれたロック等の要素を取り入れた、その多くが今にいうファンクやフュージョンへの方向へと進む中、日本で次の時代に引き継がれるべき本来のジャズの伝統を汲むこうしたジャズが生まれていたこと、その動きが本場アメリカの場合、70年代後半以降であったことを考え合わせると、あらためて日本人の優れた感性と先見性に喝采を送りたくなってしまうのです。


それでは、ここでこの作品から1曲、お聴きいただき、その素晴らしい感性、じっくりと味わっていただこうかと思います。
曲は美しいバラード曲、”Everything Happens To Me ”です。



実はビデオ編集時に中村誠一のプレイに興味が湧き、彼の経歴ついて調べていたところ、インタビューに答える形でその生い立ちにについて彼自身が語っていた記事を見つけ読んだのですが、それによるとフリー・ジャズをやめたのは、フリーを演じるエネルギーがなくなって来たからなのだとのこと。
そしてソロ転向後に、ジョージ川口に誘われ、いきなりそれまで演奏したことない曲を演奏させられることになったことから、思い切り滅茶苦茶にプレイをし首になると思ったら、レギュラーの座を射止めてしまったという、自分に正直かつ無手勝流で成功を収めてしまったとのことが語られていたのです。

そうしたことから、本作のこの演奏も、そうした彼の音楽に対する生き方から生まれた、それが既成の伝統に捉われない今にも通じる、新鮮さを保ち続けている大きな要因なのでは考えされてしまうのです。



さて、続いての作品は..........

今年は妙にフルートが主体となる作品が聴きたくて、こちらもいろいろ探してみたのですが、フルートと言うと、どうもその軽快でナチュラルなそのサウンドが災いしてか、フュージョン色が濃い作品ばかりになりがちで、これまで、なかなか本来のジャズらしさを持った作品を見つけられないでいたのです。

そこで今年は何としてもジャズらしさのあるフルート作品を掘り出そうと考えた挙句、70年代の初めChick Coreaの率いるグループのReturn To Foreverで、フュージョンとは言えジャズの伝統を宿したサウンドの上を、美しく聴き応えのあるフルート・プレイで駆け抜け聴かせてくれていたJoe Farrellのことを思い出し、もしかするとと思い、その彼の作品に焦点当て探した結果見つけたのがこの作品だったのです。

georg benson & farrell.jpg


それがこの作品、1976年発表の”Benson & Farrell”です。

この作品、タイトルにある通り、ギターのGeorge Bensonとリード奏者Joe Farrellのコラボによる作品なのですが、そこでギターを務めるBensonも、Wes Montgomeryの後継者という鳴物入りで登場、登場直後はMiles Davis、1968年発表の作品”Miles in the sky”の中の”Paraphernalia”でその評判通りのプレイを聴かせてくれていたものの、その後は彼の属していたCTIレコードの意向か、急速にフュージョン化、挙句果てには達者なヴォーカルでソウル・フュージョン化、そこで多くの人気を獲得するに至るも、反面、彼自身のギター・プレーの醍醐味が希薄となり、私のようなデビュー当時の彼の素晴らしギター・プレーを知る者にとっては、かなり残念に思いを持っていたのです。

そうこうする中、出会うことが出来たこの作品、Farrellとの組み合わせならばBensonも、 初期Corea的雰囲気に包まれたフュージョン・サウンド中で、縦横無尽にギタ―・ソロを繰り広げているのではないかという淡い期待を抱き早速入手、聴いてみることにしたのです。

そして、その結果は...........

というところで、1曲、その演奏、聴いていただきその答え探っていくことにいたしょう。
曲は、Farrellの爽やかかつ軽快なフルートが心地良い”Flute Song”です。



CTIレコード制作の作品には珍しく、同社の他の作品に見られるオーバーな演出もなく単なるイージーリスニングに終始することないサウンド造りがなされているように感じるこの演奏、クレジットを見ればそのアレンジを手掛けているのはDavid Matthews とのこと。

後年、Manhattan Jazz Quintetのリーダーとして、原曲の良さも保ちつつ一味違うアレンジを施した楽曲を、同Quintetに提供して来たMatthews の真骨頂が、既にここでも大いに発揮されているのを感じます。

そして、そこでプレイをするBenson と Farrellも、リックスした雰囲気の中、熱いソロを繰り広げている、私としては、緊張感溢れるジャズ・サウンドもいいけれど、時にはこうしたゆったりとした気分で、それぞれの秘儀を駆使したソロに浸れる、こうしたサウンドも良いものだと思っているのですが、いかがだったでしょうか。



そしてラストは、
ヴォーカル作品から。

今度は、70年代、”Killing Me Softly With His Song(邦題;やさしく歌って””で一世を風靡した女性ヴォーカリストのこんな作品をチョイスしてみました。

roberta flack Let It Be Roberta.jpg


その作品は、Roberta Flack の2012年の作品”Let It Be: Sings the Beatles ”
文字通り、Robertaによる The Beatles の楽曲のカバー集です。

彼女、これまで自己のアルバムの中で、Bob DylanやSimon & Garfunkelの楽曲を取り上げカバーして来ているのですが、デビュー以前は教会のオルガニストをしていた時もあったとかで、そのぜいかこれら楽曲も、静謐なゴスペル的アプローチで淡々と歌い上げていたその印象が私の心に深く残っていて、そのことからこの作品、果たしてRobertaがBeatles をどう料理し聴かせてくれるのかという興味と、デビュー以来50年近くを歩んできた彼女の円熟の境地を確かめてみたいという思いから手にし聴いたもの。

そうして聴いてみると、詳細な録音時期は不明なるも、この作品が発表された2012年というと、彼女の年齢は既に75歳であったはず、この年齢になる歌手の多くが声量の衰えから、引退もしくは、それをテクニックでカバーし枯れた味わいを醸し出すことで新境地を切り開いたりする等の例が多い中、彼女の場合、その歌声は往時のまま、それに加えて年輪を重ねたことから生まれる新たなアプローチでそれらを歌い上げていたことに、いたく感動を覚えることになってしまったのです。


それでは、 そうしたRoberta Flack の歌声、まずはここで 1曲聴いていただき、その年輪の技、聴いてみることにいたしましょう。
曲は”In My Life ”です。



カラフルかつ軽やかなリズムに彩られた”In My Life ”、そこから聴こえる彼女の歌声は、若々しさを通り越して初々しささえ感じます。
実際、全曲聴いてみて、聴きなれたBeatles の楽曲に、こんなアプローチがあったのかと思うことしばし、さすがRoberta というところです。


それにしても、ここまで言って、この1曲だけで終わるのはなんとも無責任、そんな訳で続けてもう1曲聴ききながら、今回のお話ここで締め括ることにしたいと思います。
曲は、Beatles の初期のバラード曲から、”If I Fell”です。




早いもので、いよいよ年の瀬、12月。
私にとっては消化器系の不調に悩まされ続けた1年でしたけど、年の終わり迫っての入院で、どうやら完調に復せそう。
しばらく、養生しながら年明けには、迷いながらも今回ご紹介出来なかった諸作品をご紹介して行きたいと思います。
最後に、このRoberta の”Oh Darling”で、クールなソウルを味わいながら、じっくりと英気を養うことにしたいと思います。





Seiichi Nkamura-First Contact
Track listing
1.Frank'n Earnest
2.Everything Happens to me
3.Billie's Bounce
4.Melba's Blues
5.Judy's Samba
6.Colsing theme for quintet

Personnel
中村誠一(ts)、,
向井滋春(tb)
田村博(p)
福井五十雄(b)
楠本卓司(ds)

Recorded
1973年12月30日 青山ロブロイ

Benson & Farrell
Track listing
All compositions by David Matthews except as indicated
1.Flute Song
2.Beyond the Ozone
3.Camel Hump
4.Rolling Home
5.Old Devil Moon  (Burton Lane, E.Y. "Yip" Harburg)

Personnel
George Benson - guitar
Joe Farrell - flute, bass flute (tracks 1, 3, 5), soprano saxophone (tracks 3 & 4)
Eddie Daniels (tracks 1, 3, 5), David Tofani (tracks 1 & 3) - alto flute
Don Grolnick - electric piano (tracks 1-4)
Sonny Bravo - piano (track 5)
Eric Gale (tracks 1 & 3), Steve Khan (tracks 2 & 4) - guitar
Will Lee (tracks 1-4), Gary King (track 5) - bass
Andy Newmark - drums (tracks 1-4)
Nicky Marrero - percussion
Jose Madera - congas (track 5)
Michael Collaza - timbales (track 5)
David Matthews - arranger

Recorded
January 20 & 21 and March 12, 1976
Van Gelder Studio, Englewood Cliffs, New Jersey


Roberta Flack-Let It Be: Sings the Beatles
Track listing
1 In My Life
2 Hey Jude
3 We Can Work It Out
4 Let It Be
5 Oh Darling
6 I Should Have Known Better
7 The Long And Winding Road  Vocals [Duet] – Sherrod Barnes
8 Come Together
9 Isn't It A Pity
10 If I Fell
11 And I Love Him
12 Here, There, And Everywhere

Personnel
Backing Vocals – Jerry Barnes, Katreece Barnes*, Roberta Flack, Sherrod Barnes, Tameka Simone, Vivian Sessoms
Bass – David Williams , Jerry Barnes, Nichlas Branker*, Sherrod Barnes
Drums – Bernard Sweetney, Buddy Williams, Charlie Drayton*, Chris Parks, Kuhari Parker, Ricardo Jordan
Guitar – Dean Brown, Jerry Barnes, Nathan Page, Sherrod Barnes
Keyboards – Barry Miles, Bernard Wright, Morris Pleasure, Roberta Flack, Selan Lerner*, Shedrick Mitchell, Sherrod Barnes
Release
2012
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2019年!印象に残った作品; ジャズ・ピアノ編 [音源発掘]

早いもので、今年も残すところ1ヵ月半余り。

振り返ってみれば、この1年は私にとって、20年来抱え、だましだましで来た複数の持病が一挙に悪化、その再発に苦しんだ年だったのですが、おりしも仕事の方がゆとりの時間がとれるようになったことから、この際、きっちり治してしまおうと治療に専念、悪戦苦闘した1年だったなあとなどと思ってる次第。

しかし、一方、治療のための休養の時間が多く取れたこともあり、体調の方も完全に寝込むまで至らなかったらず、その間もてあました時間を好きな音楽を聴きながら過ごしたこともあって、こちらの方は、例年にも増してかなり多くの収穫を得られた年。

そうしたことから、今年はちょっと早めなのだけれども、小康状態となっている病気が再度ぶり返さない内にと、今回は、私がこの1年間聴いて来た作品の中で印象に残った作品について、この辺でとりまとめをしてみることにいたしました。


その第1回は、「ジャズ・ピアノ編」

ジャズ・アーティストの担当楽器別に商品が陳列されているCDショップに行くと、一番陳列スペースが大きいのがピアノのコーナーなのですけど、これは明らかにジャズ全体の中でもピアニスを担当楽器の主にしたアーティストの人数の多さを示すもの。
しかし、このピアノという楽器、88の鍵盤を備えた同じで楽器であるはずなのに、これだけ多くのくアーティストがいても、そこから生まれるサウンドは一人々様々で、それをそれぞれ聴き比べ、そこでそれぞれの個性やアプローチを発見するそうした楽しみが得られることが、その醍醐味のように思うのです。。

私の場合、そもそもピアノ・トリオの演奏に興味を惹かれ、ジャズを聴き始めたこともあって、今ではその醍醐味が病みつきになってしまい、毎年、一年が終わり気づいてみれば、私のライブラリに一番多く加わっているのはジャズ・ピアノ作品という有様。

ということで、今年は、そうしたピアノ作品から、そのアーティストに表情の違いを聴いていただこうと、今年印象に残った、それぞれ個性豊かな3作品をチョイスしてみることにいたしました。


トップ・バッターは、オランダのジャズ・ピアニストのLouis Van Dijk( ルイス・ヴァン・ダイク ) のこの作品。

Louis Van Dijk Nightwings.jpg


1980年制作の作品、 "Nightwings"です。

普通、ジャズの場合、初めて聴くピアニストに接する時、そのアーティストに、何らかの形でArt TatumとかBud Powell、Bill Evansなどといった、ジャズのピアノのスタイルを築いた偉大なる先人たちの影響の見て取れるもので、その影響下、そのアーティストがいかに自己のスタイルを発展させ独自性を築いているのかを見極め聴くのことが、また一つの楽しみ方のように思うのですが、このVan Dijkを初めて聴いた時に感じたのは、そのどの系譜も属さない、ジャズではないように思えるが、やはりそのサウンドはジャズだという不思議なこれまで感じたことのない体験だったのです。

確かに、ヨーロッパ系のピアニストといった場合、クラシックの影響が色濃いアーティストが多いのですけど、Van Dijkの場合、確かにクラシックの影響は感じられるものの、一般的なヨーロッパのピアニストとは、また一味違った、シンプルでありながら美しく可憐さに満ちたピアノの旋律に、私の心は強く惹きつけられてしまったのです。

そこで、私を惹きつけた彼のピアノ、まずは聴いていただき、その印象、確かめていただくことにしたいと思います。
曲は、"Cavatina (From The Deer Hunter)"です。



噛みしめるよう繰り出される一音々が紡ぎ生み出す耽美なメロディ、少ない音数でこれだけ人を惹きつけるサウンドの奥深さ、いかが思えたでしょうか。

ジャズというよりは、子供の時に聴いた懐かしいファンタジックな童謡の世界の中に佇んでいるような気にさえなってくるような演奏でなかったかと思います。

このVan Dijk、オランダ出身の世界的女性ジャズ・ヴォーカリストAnn Burton の伴奏者として、その存在を知られるようになったピアニストだったと記憶しているのですが、私としては、Ann Burton との作品も含め、来年は引き続き、この人の作品を探し聴きその彼の独自世界を追い求めて行くことにしたいと考えています。



そして、二人目のアーティストは、

実家にあったビデオ・デッキを貰い受けたことに始まった、撮りためたビデオ・テープに記録した平成初頭のライブ映像のデジタル化作業、それをする中で出会いお気に入りとなってしまったピアニストの作品です。

それが、こちら!

Ronnie Mathews Selena's Dance.jpg


Ronnie Mathewsの"Selena's Dance"です。

こちらは、以前に記事でご紹介した”Mind Medicine Jazz Festival〜face to face〜”のコンサート・ビデオを編集した際に、Young Men & Oldsの一員として来日していた彼のプレイを聴き、そこで発散されていた強烈な個性が強く印象に残り、あらためて彼のリーダー作品を探し手にしたもの。

その私を捉えた彼の強烈な個性とは、ブルーが脈打つダイナミックかつ躍動感溢れるピアノプレイ。

私としては、これまで、彼のピアノはサイドマンで参加した作品のいくつかを聴いて来たはずだったのですが、お恥ずかしいながらそうしたことに全く気付かず、ライブ映像を見、聴たことよって初めて気付かされ、一発でお気に入りとなってしまったのがこのRonnie Mathewsだったのです。

ともかく、その演奏、長々と語るよりはまず聴いていただこうと思います。
曲は、Duke Ellingtonの名曲”In A Sentimental Mood”です。



この曲、多くのアーティストによって取り上げられ演奏されている曲ですが、しっとりと憂いを歌い上げている演奏が多い中、このRonnie Mathewsの演奏は憂いの歌に加え他では見れない躍動感を感じる”In A Sentimental Mood”に仕上がっているように思えるのですけど、いかがでしょうか。

そして聴き進み曲の終盤には、彼らしいダイナミック溢れるプレーに変貌して行くあたりは、大きな聴き所。

彼の母国アメリカではほとんど評価されず、日本、ヨーロッパで評判を呼んだという Ronnie Mathewsですが、私としては、Van Dijkと同様、来年も続けて探求し、その深遠なる技に触れてみたいアーティストの一人だと考えている次第です。



さて、続いての3つ目の作品は、
こちらも、ビデオのデシタル化編集作業で出会ったことから探し見つけた作品なのですが、1988年に伊勢で開催されたPEARL ISLAND Jazz Festival に出演していた、以前より私としてはお気に入りとしていたとあるピアニストのライブで、彼が演奏していたその曲が気に入り、その曲が収録された作品を探し手に入れたもの。

それが、この作品。

益田幹夫 Dear Friends.jpg


益田幹夫の” Dear Friend”です。
益田幹夫については、今年、年初の記事で彼の”Black Daffodils (黒水仙)”という作品をご紹介させていただきましたが、本作は、その彼の闘病後に制作されたこの"Black Daffodils "より遡ること10年前、発病前の彼の全盛期に制作された作品なのです。


そして、この両作品を聴き比べてみたところ、今回ご紹介する1980年代制作の” Dear Friend”においては、鮮やかつ流麗でエネルギー漲る印象を強く受けたのに対し、10年後の”Black Daffodils (黒水仙)”では、前者の流麗さを保ちながらも一音一音大切にしたシンプルな歌いまわしで語る、枯れた渋みのあるプレーが印象的となっているように感じ、時を経ての同じアーティストのプレー・スタイルの良質な変化を実感することになったのです。


それでは、そうした違いを踏まえながら、全盛期の益田幹夫のプレー、今回の紹介作品” Dear Friend”からの曲の演奏で、私がこの作品を探すきっかけとなったPEARL ISLAND Jazz Festival での演奏映像を掲載いたしましたので、ここでご覧お聴きいただこうかと思います。

曲は、”MAJORCA”です。



ショパンの前奏曲第4番 ホ短調に導かれ始まり、曲は一転してサンバの世界へ。
冒頭のショパンのメロディが聴こえて来た時は、これはショパンをべースにしたバラード曲だと思いきや、静から動への意表を突く鮮やかな転身、全く正反対の曲想が破綻なく繋がり流れて行く、その曲作りの巧みさにすっかり惚れ込み、この曲をの収録された作品を探してしまったという気持ち、お分かりいただけたでしょうか。

それにしても、この益田幹夫というピアニスト、さらに過去に遡って70年代の彼の作品”Trace”等と聴き合わせてみると、こちらは当時の日本のジャズ界の主流として大いなる人気を博していたMcCoy Tynerのプレーにも似た、激しく精神性の強いピアノ・プレーに徹し、その後、フュージョンの世界にも進出していたことを考えると、その変貌振りを見極めながら聴き綴って行くという興味が湧いて来るアーティストだなと思い、この辺り、また来年の課題にしたいと考えています。


以上3作品、こうやって聴いて行くとピアノという楽器、ここで取上げたアーティストも三者三様、面白いぐらいのその個性の違いが出ていたのではないかと思います。

そして、その即興を伴うピアノ・ジャズの面白さ、どうやらこの調子では来年も、終わってみれば私のライブラリー、またピアノ作品ばかりが増えていたとなってしまいそうです。


Louis Van Dijk Trio ‎– Nightwings
Track listing
1.We're All Alone
2.Someone To Watch Over Me
3.Whisper Not
4.You And Me (We Wanted It All)
5.Cartes Postales (From Jamala Plus Toujours)
6.Nightwings
7.Cavatina (From The Deer Hunter)
8.Close Enough For Love (From Agatha)
9.La Granja

Personnel
Louis Van Dyke - Piano
Niels Henning Orsted- Pedersen - Bass
Terry Silverlight - Drums

Recorded
1980


Ronnie Mathews-Selena's Dance
Track listing
1. In A Sentimental Mood Composed By – Duke Ellington
2 My Funny Valentine Composed By – Lorenz Hart, Richard Rogers
3 Stella By Starlight Composed By – Victor Young
4 Selena's Dance Composed By – Ronnie Mathews
5 Body And Soul Composed By – Edward Heyman, Robert Sour
6 There Is No Greater Love Composed By – Isham Jones
7 Blue Bossa Composed By – Kenny Dorham
8 Fee Fi Fo Fum

Personnel
Piano – Ronnie Mathews
Bass – Stafford James
Drums – Tony Reedus

Recorded
February 1, 1988  at Studio 44, Monster, Holland


益田幹夫- Dear Friend
Track listing
1.Majorca
2.Bossa Serenade
3.Little Waltz
4.That's So Nice
5.Istanbul
6.Everyday Everynight
7.Blues For J
8.Impromptu Of Blue

Personnel
益田幹夫(p)
河原秀夫(b)
奥平真吾(ds)
横山達治(Per)

Recorded
1986 at Victor Studio


PS
冒頭の病気に明け暮れた1年と書きましたが、その明け暮れの最後に入院の宣告を、受けてしまいました。

といってもその病、これまで治療で都度一応の回復はして来たものの、何回も再発を繰返していたことでもあり、医者からのこれ以上再発を繰り返さぬよう、この辺で入院手術した方が良いとういう診断に従い、これからも健康で安定した生活を送れるようしたいと考え決めたもの。

そうした訳で、当ブログは以後3週間ほどお休み。
また、再開の節は、よろしくお願いいたします。



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メタルの元祖が遺した珠玉のクラシック作品;Jon Lord ・To Notice Such Things [音源発掘]

東日本に猛烈な風災害をもたらした台風15号に続いて、前代未聞の強烈な大雨災害をもたらした台風19号、またそれに追い打ちをかけるように襲ってきた10/25の集中豪雨と、幸い私の住む地域は大きな災害はなかったものの、これでもかこれでもかと襲い来る自然の猛威に翻弄され続ける日々に心も休まる暇のない今日この頃。

そうした中、例年なら天候にも恵まれ少しずつ訪れる秋の彩りを楽しみつつ、秋の夜長に音楽に浸っているはずの私も、これまで災害という言葉とは縁遠い場所での災害の多さとその大きさに思わず絶句、いつものようにゆったりと音世界を探訪しようとする意欲も失せてしまいそうになってしまう始末。

と言いながらもここで挫けてはと、めげる心に鞭打っていくつかの作品を聴くも身が入らず、しばらく小休止してみるか思うまでになってしまったのです。

しかし、どうせ休むならダメもとで後一枚と聴いてみたところ、そこで聴こえて来たのは、心の底までやさしく響く秋に空気にフィットした美しいサウンドだったのです。



という訳で今回は、ダメもとで出会った、心の底まで浸み込むやさしい響きで、憂いに安らぎを与えてくれた、この作品を取り上げることにいたしました。


その作品は、

Jon Lord To Notice Such Things.jpg


へヴィ・メタルの元祖的存在の一つと言われるハード・ロック・バンドのDeep Purple、その中心人物でキーボード奏者であったJon Lordの2010年の作品”To Notice Such Things”です。

と紹介するとこの作品、HM系の作品で、「メタルで憂いをふっとばしたの?」と思われるかもしれませんが、そうではなく、それとは対極の純クラシック音楽作品なのです。

Deep Purple時代、ギターのRitchie Blackmoreに戦いを挑むかの如く熱いキーボード・プレイで Purpleのハード・ロック・サウンドの一翼を担っていたJon Lordの手による純クラシック作品というと、一体どんなものか見当がつかないかと思われますが、実はDeep Purpleというバンド、その初期においては、ハード・ロック・バンドではなく、当時ムーブメントを形成していたサイケデリック・ロックにクラシックの要素を取り込んだサウンド持つバンドで、その時期の音楽主導権を握っていたのがこのLordだったのです。

その彼らがハード・ロックに路線転換したのは、1969年 Lordの主張により制作された彼らの4作目となるロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団との共演による作品”Concerto for Group and Orchestra(ディープ・パープル・アンド・ロイヤル・フィルハーモニック・オーケストラ)”を制作完了の後、当時台頭して来たハード・ロックに目を付けたギタリストのRitchie Blackmoreが、一度だけという約束でクラッシックに拘り渋るLordを説得して、1970年彼ら初のハード・ロック作品”Deep Purple in Rock”を発表、現在に繋がる大成功を収めたことによるものだったのです。

そして、それ以降ハード・ロックに路線に転換したPurpleの音楽主導権は、Blackmoreに移り、Lordはその中心から身を引くと共にバンド活動と並行して、ソロ活動を開始。そこでクラシック音楽との融合を目指した自己のサウンドを探究、発表するようなって行ったというのです。


さて、今回取り上げた”To Notice Such Things”は、そうした歩みをを残し、2012年に他界したLordの最終章ともいうべき作品なのですが、ここでメタルを牽引した男のもう一つの到達点を聴いていただこうかと思います。
曲は”To Notice Such Things”その第一楽章から”As I Walk Out One Evening”です。



柔らかく一面に敷き詰められたオーケストラ・サウンドの絨毯の上を、軽やかに歌い舞うフルートの音の可憐さな響きが、心に染み渡り残る演奏だと思います。

これまで私自身、いくつかのLordのソロ作品に接して来たのですが、それらの作品で気にかかっていたのは、聴き始めの耳触りは悪くないものの、聴き進んでいくうちにそのサウンドの流れに対して、何かちぐはぐ感があるとの印象を受けたり、曲全体を盛り上げるメリハリ感が薄くインパクトが不足しているとの感じを受けることが多々あったのです。

そうしたことから、この作品に最初出会った時は、その出来について余り大きな期待をしていなかったのですが、実際聴いてみると、オーケストラとフルートがそれぞれの色彩を放ちながら、その両者の織り成すサウンドが見事な一体となって優しく美しいサウンド世界を築いていることに、深く魅了されてしまうことになってしまったのです。

そして、さらなるこの作品の聴きどころ。
それは、オーケストラと一体となって聴かれるJon Lordのピアノ。
フルート,オーケストラにそのピアノが加わわり、これら三者が絡まり合い繰り広げられる躍動的な臨場感があります。


そこで今度は、その三者が織りなす躍動美、その演奏をお聴きいただこうかと思います。
曲は、”To Notice Such Things”その第四楽章から”Stick Dance”です。



スピーディなタッチで、オーケストラとフルートをサポート牽引して行く、さすがハード・ロック畑で熱きソロ・バトルを繰り返してきたLordの面目躍如といった演奏です。
また、Purpleのオルガン・プレイでは味わえないLordピアノの音色の静謐な美しさも印象に残ります。

1976年、Blackmoreの脱退後、一旦は解散したPurpleの1984年の再結成に尽力し、2002年までその中心として活動を続けて来た、Lord。

その中にあって、ハード・ロックとは全く裏腹の自己の音楽美を探究昇華させ続けていた、この作品は、そうしたLordの深淵たる懐の深さと、最晩年における彼の音楽の到達点を記録したものとしてしっかりと記憶しておきたいと思いました。

最後に、Lordの美しいピアノが光る楽曲 ”Air on the Blue String”を聴きながら、今回の稿を締め括ることにいたします。




Track listing
1."To Notice Such Things: I,As I Walked Out One Evening"
2."To Notice Such Things:Ⅱ,At Court"
3."To Notice Such Things: Ⅲ,Turville Heath"
4."To Notice Such Things: IV,The Stick Dance"
5."To Notice Such Things: V,The Winter of a Dormouse"
6."To Notice Such Things:Ⅵ,Afterwards"
7."Evening Song"
8."For Example"
9."Air on the Blue String"
10."Afterwards" (Poem by Thomas Hardy)

Personnel
Tracks 1-6: To Notice Such Things - In memoriam of Sir John Mortimer, CBE, QC (1923–2009)
Track 7: Original vocal version appears on Jon Lord's Pictured Within album
Track 8: Dedicated to Øyvind Gimse and The Trondheim Soloists
Track 9: Dedicated to Matthew Barley
Track 10: Read by Jeremy Irons w/Jon Lord, piano

Recorded
30 September – 1 October 2009, The Friary, Liverpool
Released 29 March 2010


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バンド崩壊の危機の中で生まれた名作・.The Band;Northern Lights - Southern Cross(南十字星) [音源発掘]

千葉県に大きな傷跡残した台風15号。
しかし、この台風災害に対する千葉県と東電の呆れてしまうほどの対応のまずさ。

以前、鹿児島に住み、最大瞬間風速55mを体験した事のある私にとっては、千葉市で最大瞬間風速が57mであったと聞いた時は、これは大変だ大きな災害が発生しているはずと直感し情勢を見守っていたところ、伝えられて来たのは、台風後の県や東電の発表は、さほど被害はなかったというような話。

そんなわけはと思いつ鹿児島と関東では何かが違うのかなと考えいたところ、数日が過ぎ蓋を開けてみれば案の定、私の予想した通り台風の残した災害の爪痕はかなり大きく、役所や東電は、後手々の対応に追われるばかりで復旧は一向に進んでいないという有様。
私のいた鹿児島県で、夜に台風の去った東日昼過ぎには、多くの人が集まり各所で復旧作業が始まっていたのを目撃した私としてはこの後手々3乗の無様な対応、その阿呆さ加減は、「森田健作でも知事が務まる千葉県」と、多くの人に言われているのも当たり前、とうとうその馬脚を現してしまったかと思うばかり。

後で聞けば、当の森田健作、台風一過の翌日に災害対策本部に来ず、やっと顔見せたのは数日後だったとの報道。

それにしても、千葉市や東電、さらには国の認識の甘さは目を覆うばかり。55mの風で大きな被害を受けた鹿児島という実例があるにもかかわらず、誰もそれに気付かず、音信不通となってしまった被害地域からの連絡を待ちそれがなかったことから、被害を過少に判断してしてしまい対応の遅れとなってしまったと言うのですが。

この時、そこに鹿児島で55mの風の吹いた時の被害の実情を知っていた関係者がいたとしたら、恐らく、上がって来る被害の情報が57mの風が吹いた後の結果としては過少すぎると気付き、ただ待つだけではなく、積極的に自ら情報収集に当たらねばと考え行動を起こしていたはず。

温暖化の影響か、日本近海で台風が誕生し、発達しつつ本州に到来するようになった現在、再び強い勢力を保ったまま本土を襲う台風が現れるのは必須、それまで日本の南の沖縄や九州の出来事が本土でも起きるということを今回の例に学び、全国レベルでの情報や過去の事例に基づき対応を出来るよう、行政、公共のインフラを預かる者として、しっかり学び改善を図ってもらいたいと、つくづく考えさせられてしまいました。



あまりにも不甲斐な千葉県の対応に、県民の一人としてついついボヤキたくなり、長々お付き合いいただいてしまいましたが、ここから本題、いつもの音楽話題に入ることに。




ここのところジャズ作品の話ばかりが続いたことから、今回は、趣向変えてロック作品を取上げ聴いてみることにしました。

その作品は、[右斜め下]

The Band Northern Lights-Southern Cross.jpg


アメリカン・トラディショナルの香りを強く感じさせるサウンドで、解散してから半世紀近くを過ぎた今もなお、多くのアーティストに影響を及ぼし続けているThe Band、その彼らの1975年発表の作品” Northern Lights - Southern Cross(邦題;南十字星)です。

The Bandというと1960年代半ば、アコースティックからエレキ・ギターに持ち替えフォーク・ロック路線を開拓したBob Dylanと出会い、そのバック・バックバンドとしてその名を上げた後、1968年のレコード・デビュー作品”Music From Big Pink ”やその翌年に発表された作品”The Band”が、彼らの最高傑作として語られることが多いのですが、今回上げたこの作品は、ここ数か月、古きジャズ・ライブビデオのデジタル化復刻作業をしそれまで発見できなかった多くの出会いを見つけ楽しんでいた私が、ジャズだけではなくロックにおいても何かあるかもと、これまで、その良さが十分に理解出来ず半ばお蔵入りさせていたこの” Northern Lights - Southern Cross”を思い出し聴き、そこに、これまで聴いて来た先の傑作と呼ばれる2作品にはない新鮮な響きを感じたことから選んだもの。

その新鮮な響きの一つとなっているのが、Garth Hudsonのキーボード。

それまでの作品でも、彼のオルガンの重厚な響きが、バンドのサウンドに安定感と空間的広がりを生み出し、影ながらこのバンドを唯一無二の存在とするに大きく貢献してきたのですけど、この作品では、彼のキーボードがサウンドの前面にくっきりと現れ、ある意味サウンドをリードする存在となっていて、それがノスタルジアを感じさせる彼らのサウンドにモダンな感覚を付加、そこにそれまでとは異なった新鮮さを感じることなったのです。

こうした感触、どうしてかと思い調べてみると、この作品の制作に際して、The Bandとして初めて12トラックの録音機器を用いたことから来たようで、これによってGarth Hudsonも下記のクレジットされた多くの楽器を各曲の中で複数用い臨んだことで、これまで以上に巧みなアレンジが施し聴けるようになったことにその因があったようなのです。


さて、それでは、それまでと一風異なった”The Band”のサウンド、ここで1曲お聴きいただこうかと思います。
曲は、この作品の最初を飾る曲”Forbidden Fruit”です。



Garth Hudsonに加えて、魅力一杯のThe Bandのサウンドの中で、特にこの作品のもう一つ聴きどころは、Robbie Robertson のギター。

実はこの私、The Bandの最盛期にはロックというとプログレかヘビメタが好みで、彼は好みのアーティストではなかったのです。

その彼らに興味を持つようになったのは、彼らの解散後公開された、彼らの解散コンサートを捉えた映画”The Last Waltz”を見てとのこと。

Bob Dylanのバック・バンドとして、またアメリカのルーツを宿すアーティストとして見ておいた方がいいな程度で見に行ったのですが、そこで見たRobbie Robertson のどこか田舎臭い風貌と質実かつ朴訥なギター・プレーに触れ、その渋いかっこ良さに心底惹かれてしまい、遅ればせながら彼らを聴くようになった者なのです。

と言いながら、この作品以前の作品では、作品そのものは素晴らしいものの、”The Last Waltz”で接したその作品の中でRobertsonのソロに触れられる機会は少なく、そのことが私にとって唯一のフラストレーションの種となって引き摺り続けていたのです。

それが、この作品では、Robertson のギター・ソロが要所々で活躍、楽しむことが出来た!!!!

しかし、裏返してみればこの作品が、収められた曲のすべてがRobertsonのペンなる事実と合わせて彼の主導の下に制作されたものであるということであり、それがのメンバーとの確執を助長・解散と繋がる、その後のこのバンドの行く末を暗示するものとなっている訳なのですが、皮肉なことに、こうしたことがこの作品でのRobertsonの魅力を大きく伝え残すことになっている、バンド全盛の時にはあり得なことなのではと思うのです。


そこで再びもう1曲。
多彩な楽器をこなすThe Bandのメンバーたち。
今度は、そのThe Bandならではの多彩さが楽しめる曲を1曲選んでみました
曲は、”Acadian Driftwood”、果たしてどんな音が出て来るのか、じっくり耳を澄ましてお聴きください。



このバンドのベーシストRick Danko の弾くヴァイオリンとHudsonのピッコロが、ケトルとカントリーの味を添えているように感じるナンバー。
Hudsonという人、素はクラシック畑で育ったアーティストだというのですけど、アメリカのカントリー・マインドの中に見事に溶け込み、このバンドに他にはない新鮮さを添えている、その様子がよくわかるトラックだと思います。

そしてここで歌っているManuel, Helm, Danko のヴォーカル、その一人がリードをとっている時のそれぞれの歌声の微妙な持ち味の違いを聴き分けるのも楽しみの一つではと思うのですが、3人そろってのハーモニーも格別。


こうして見て行くとThe Band、この後に続くThe Doobie BrothersやThe Eaglesなどの、アメリカン・ノスタルジアを彷彿させるアーティストの原点であるバンドであるということ、つくづくそう思わされてしまうのです。



夏の疲れのせいなのか、ここのところ体調を崩し記事をUpするもままならなかった私。
涼しくなった今、やっとのことで復調の兆しがみえてきたとろ。

最後に、彼らのライブ・ステージの”It Makes No Difference”の演奏で彼らの多彩な才能を堪能しながら、安らぎと元気を養うことにしたいと思います。






Track listing
All songs written and composed by Robbie Robertson.
1. Forbidden Fruit  Lead Vocals・Levon Helm
2. Hobo Jungle  Lead Vocals・Richard Manuel
3. Ophelia  Lead Vocals・Helm
4. Acadian Driftwood Lead Vocals・Manuel, Helm, Rick Danko
5. Ring Your Bell Lead Vocals・Danko, Manuel, Helm
6. It Makes No Difference Lead Vocals・Danko
7. Jupiter Hollow Lead Vocals・Helm
8. Rags and Bones Lead Vocals・Manuel

Personnel
【The Band】
Rick Danko - bass, guitar, violin, harmonica, vocals
Levon Helm - drums, guitar, percussion, vocals
Garth Hudson - organ, keyboards, accordion, saxophones, synthesizers, piccolo, brass, woodwind, chanter, bass
Richard Manuel - acoustic and electric piano, keyboards, organ, drums, clavinet, percussion, vocals
Robbie Robertson - guitars, piano, clavinet, melodica, percussion
【Additional personnel】
Byron Berline - fiddle on "Acadian Driftwood"

Recorded
Spring–Summer 1975
Shangri-La Studio, Zuma Beach, California



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欧州で活躍する日本人女流ジャズ・ピアニスト・高瀬アキ;Aki [音源発掘]

3か月余り続けた、30年前のライブ映像のデジタル化復刻作業も、とりあえず前回の記事でお話した通り、一旦お休みをいただき、今回からはまたいつもに戻って、私がここのところよく聴き気に入っている作品のお話。

さて、その作品はというと..........



5月以降ライブ映像復刻の作業する中で、これまで余り聴いてこなかったアーティストの演奏に出会い、それまで知らなかった新鮮なサウンド体験をすることが出来たことから、そうした初体験をしたアーティストの作品を探し聴いていたのですけど、今回は、それらアーティストの作品を探す中で偶然見つけた、初体験をしたアーティストとは別のアーティストによる、この作品を取上げることにしました。

高瀬アキ aki.jpg


ピアニスト:高瀬アキの1979年のレコ-ディング・デビュ-作品、”Aki”です。

実は私にとってこの高瀬アキというアーティスト、どうしたことで聴いたのか覚えていないのですけど、25年ほど前に一度聴いて以来、そのサウンドに一聴ぼれしてしまい、その作品をGetしようと探し続けて来たのですが、見つけることが出来ず、手に入らぬものと探すのを諦めて、とうにその存在すら忘れてしまっていた人なのです。

ところが、その待望の作品突然目の前に現れて、一挙にその昔の記憶が蘇り、即Getしてしまったのがこの作品なのです。


しかし、高瀬アキと言っても日本人でありながら、日本のマスコミではほとんど話題になることないアーティストですので知っているという方は少ないのではと思うのです。

そこで、彼女について簡単にその略歴をご紹介すると、

桐朋学園音楽学部 でクラシックピアノを学び、その後1978年頃には、ジャズピアニストとしてプロ活動を開始、米国に渡り、サックス奏者のDavid Liebman、トランペットのLester Bowie等と活動を行っていたとあります。

そして、、1981年にはのヨーロッパに渡りドイツのベルリンジャズフェスティバル出演、ここで大きな評価を得、1988年にベルリンに在住、その後はここを拠点として活動を続け、

1999年 ベルリン新聞文化批評家賞を受賞。
ドイツ批評家レコード賞を5回に渡って受賞(1990-2002)
2002年 SWRジャズ部門最優秀音楽家賞受賞 
2004年 ”Plays Fats Waller ”で2004年度ドイツ批評家賞ジャズ部門年間ベスト・レコード賞

等の多くの賞を受賞している、東の秋吉敏子、西の高瀬アキと言われるほどの日本を代表する女流ジャズ・ピアニストなのです。


そこで、この作品から1曲.......と行きたいところですが、いろいろ探してみたのですけどこの作品のPVが見つからなかったため、この作品の5年後後に制作された名作”ABC"から”Dohkei”をお聴きいただき、彼女独特のそのサウンド世界を触れ感じてみてください。




わらべ歌にも似た日本的詩情に溢れるSheila Jordan のヴォーカルに導かれ始まるアキのピアノ。
Keith Jarrettを思わせるフォーク・ソングのようなメロディ・ラインを奏でるその音色は、ようやく訪れた秋の夜長のピッタリと寄添い、否応なしにその情緒の深みへと聴く者を導き入れてしまう、そうした力が隠されているように思えて来ます。


そして続いて聴こえて来る、アキ、Cecil McBee (bass)、Bob Moses (drums)の3人による、まるで一人の演奏者のプレーではと思えるほどの一体感に満ちた即興演奏、わらべ歌を思わせるテーマとは裏腹に、そのプレーは次第にテンポも速くなり熱を帯びながら、フリーフォームの世界に足を踏み入れて行く。

一つの曲の中に、フォ-ク、クラシック、フリーなどの要素が凝縮され、それが破綻することなく見事に調和している、そのサウンド生成の完璧ともいえる見事な構成力に、高瀬アキというアーティストの唯一無二の世界を見せつけられることになりました。


実は、今回紹介するこのデビュー作でも、その唯一無二の個性は既に遺憾なく発揮され、加えてジャズでありながらも、その曲のテーマには、メンバー3人で出来る限りの精緻なアレンジが施されていることに、40年前の作品ながら、古さなど微塵も感じさせない新鮮さがあるのです。


さて、ここでもう1曲。
曲は、1981年彼女このデビュー作品以来、度々レコーディングを共しているベースの井野信義と、ドラムに日野元彦、サックスにDavid Liebmanの布陣で臨んだ、”Aki”続いて発表された作品、”Minerva's Owl ”から、その表題曲をお聴きただくことにいたしましょう。



美しさを感じるDavid Liebmanのソプラノ・サックス。
70年代初頭、Miles Davisのグループの屋台骨というべき存在だったLiebman、私はあまりこのLiebmanというアーティストは好きではないのですけれど、ただピアニストのRichard Beirachと共演した演奏には、彼のの真骨頂があると感じているのですが、この高瀬アキとのプレイには、それを越えるものあるように感じたのです。

それにしても、John Coltrane研究の第一人者と言われるこのLiebmanに、これだけの美しい歌を歌わせる高瀬アキのピアニストとしての腕はもとよりその作編曲の能力も、デビュー作以後、着実に育ちつ異彩の輝きを増して移ることを強く実感しました。

そして、現在は、夫君である Alexander von Schlippenbach の率いるBerlin Contemporary Jazz Orchestra のコ・リーダーとして活動、多くの楽曲の作編曲を手掛け活躍している、その優れた才能の根源が、これら彼女の若き日の作品群の中に宿っていたことを、あらためて確認することになりました。



それでは最後に、そうしたジャンルの壁を超越した彼女の演奏、直近のものと思われる映像がありましたので、そのライブ映像でその超越の世界をご堪能ください。



こうして聴いていただいた高瀬アキの世界。

やはりこのサウンドはアメリカではなく、ヨーロッパという緻密かつ歴史的伝統を宿す世界にあってこそ大きく開花したものだと思うのですけど、彼女の母国である今の日本では、知る人ぞ知るの状態であること、こうして書きながら、私としてはなにかとても寂しい気持ちを抱くことになりました。

そうしたことから是非、ここに挙げた楽曲群、もう一度耳して、彼女の生み出したサウンドを心に刻んでいただければと思います。

Track listing
1. How Do You Do
2. Carnival 謝肉祭
3. Birdland こもりうた
4. Cumulo-Nimubus 積乱雲
5. Season Off
6. Idle Talking おしゃべり
7. After A Year 一年のうち

Personnel
高瀬アキ(piano)
井野信義(bass)
楠本卓司 (drums)

Recorded
1978.8.16 &22




PS
それにしても、今年の9月、私にとっては、寂しい懐、直撃の最悪事態が。

消費税のアップもあるということで、25年を迎えた我が家のりフォームを発注したところ、どういわけか以前に取り換えた給湯器、ガステーブルがあいついで故障、おまけにBDレコーダーまでがお釈迦となってしまい、元々予定の車の車検(4回目ともあってタイヤ・バッテリーの交換も必須だったこともあり、さらに費用増大してしまったのですけど。)の費用も加わって、一挙に大散財となる事態。

人間も年とあって故障も多く病院とお友達の日々の中、何もかも故障で、この負の連鎖には本当にまいってしまいました。

まあ、生きて元気がなにより。
こんな愚痴をこぼせるだけ、まだまだなのかもしれませんけどね!!!




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秋の夜長に憩いをもたらす風格の男性ヴォーカル;Fujitsu Concord Jazz Festival 1989;本日の作品☆ vol.148 [デジタル化格闘記]

秋の到来を告げるかのように、朝晩はもとよりまだ夏の強い陽射ししの面影が残る日中でも、秋の快い風を感じられるようになった今日この頃。

令和の始まりと共に始まった、私の昭和~平成の頃のライブ映像の復刻紹介記事もこれで7回目。
我が家には、その昔に取り溜めたビデオ・テープは、まだまだあり、そこにどんな映像が眠っているのか楽しみはつきないのですが、これらアナログ映像をデジタル化していく作業も結構時間が掛かる作業で、そろそろ秋口の繁忙期を迎える仕事のこと考えると、これを続けることが段々重荷になって来てしまったのです。

そこで、今回がラッキ-7のケジメとなることから、とりあえず古のライブ映像記事は今回で一旦打ち止めとすることにしようと考えています。


とは言いながら気合を入れ直して、取り合えずの最終回となる今回のライブ映像は、これまで続いて来た1989年のライブ映像から、この年の11月22日に開催されたFujitsu Concord Jazz Festival での晩秋のコンサートらしく渋さを極める二組のアーティストのライブ映像をご覧いただこうと思います。


さて、その渋いアーティストとは、

この写真の人たち!!
SnapShot wess3.jpg


1951年に再結成されたCount Basie Ochestra(いわゆるニュー・ベイシー)でこのバンドの第2黄金期を築くに大きな役割を果たした、テナー・サックス、フルート奏者のFrank Wess と

SnapShot Wess2.jpg


彼の率いる Orchestra、

そして、

SnapShot  benett2.jpg


あのFrank Sinatraをして、「アメリカ音楽界、最高の歌手」と言わしめたヴォーカリストの Tony Bennettの
世界の音楽界を長き渡り支えて続けた二組のアーティストの登場です。


それでは、その彼らの演奏、まずはFrank Wess のOchestraの演奏から、ご覧いただくことにいたしましょう。



曲は、”Li'l Darlin' ”。

ご覧いただき、察しの良い方ははもうお気付きかと思いますけど、この演奏はまさにCount Basie Ochestraの演奏そのもじゃないかと思われたのではないかと思います。

それもそのはず、Count Basie Ochestraは、1984年に御大のBasie 没後、解散とはならず、その後は後に残ったこのバンドのメンバー達によって代々継承され、現在もトランペットのScotty Barnhartがリーダーを務め存続しているのです。

ということからこの映像は、このバンドの生き残りメンバーの一人であるFrank Wess が、リーダーを務めていた時期の、”Post” Count Basie Ochestraのものだということなのです。


さて、この映像を見た私、実は、Frank Wess がリーダーを務めていた頃の”Post ”Count Basie Ochestraの音源がCD・DVDになりどの程度発表されているのかと思い、ディスコグラフィ等・いろいろ資料を調べてみたのですが、そうした中で、なんとかドイツでこの映像の日本でのコンサートの演奏がCD化されているのをみつけたものの、これ以外には見当たらず、どうやらこの映像、結構貴重なもののようだということを知ったのです。


という訳でその貴重映像、続けてもう1曲。
それではBasie楽団と言えばやはりこの曲、

Frank Wess 率いる”Post” Count Basie Ochestraの演奏で、Basie 存命中のこのオーケストラのライブでのエンディング・テーマとして演奏されていた”One'clock Jump”の演奏をご覧下さい。















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20世紀を代表するエンターテイナー達、夢の来日コンサート☆ 本日の作品;vol.147 [デジタル化格闘記]

曇天の毎日が続いた今年の夏の始まり。
その日を遮る厚い雲の群れが去ったと思いきや、突如やって来た真夏の陽射し。
体も慣れぬ間もなく襲って来た猛暑の日々は、私のような老骨の持ち主にとって、かなりの厳しく辛いもの。

しかし、6月終わりから7月の間の長き曇天の日々から来る観測史上最長の記録的日照不足は、私のようなロートルには、1993年の夏、天候不順で低温が続きこれより冷害が発生、東北を中心に米の収穫が激減して日々食卓にのぼる米の入手が困難となった、平成の米騒動のことを思い出させることとなり、またそのような事態がまた来るのではと心配していたのところ、今度は一転しての好天とそこからそそぐ暑い日射し。
確かに体には堪えるものの、これで平成の米騒動ならぬ令和の米騒動は免れたと一安心。
やはり暑いとは言え夏の陽射しは生物の営みには欠かせないものと、今は積極的にその日差しを浴び(熱中症には注意して!)、自然に体を馴染ませ元気を養う日々を過ごしているところ。


とそんな毎日を過ごす中、これまで続けてご紹介して来た昭和の終わりから平成の初にかけてのライブ映像、これまで貴重な映像の数々の出会えたことから、以前より気付きながらも後回しにし来た”Super Concert”の見出しのついたビデオ・テープ。
「これ、何のライブ映像だったけ?Superと名があるならもしかすると掘り出し物かもしれない。」考え、そろそろ見てみなければと重い腰上をげテープをビデオ・デッキに差し込み見てみることにしたのです。
そしてそこに現れたのは、

SnapShot.jpg


この写真の3人による来日ステージのライブ映像。

何とその3人とは!!


世界的シンガーであり俳優のFrank Sinatra、Sammy Davis JrとLiza Minnelliの 20世紀ブロードウェイを代表するエンターテイナー達!!!

「あれ!!これは凄い。超大物の3人が共演来にしていたなんて」といつ頃の来日公演かと見て行くと、平成になって早々の1989年2月のテロップが出てきたのです。

これまでの記事にも1989年のライブ映像がよく出て来ているので、私が意図してその年のものばかりを選んでUpしているように思われるかもしれませんが、私としては恣意的にそうしているわけではなく、たまたま見つけデジタル化作業をしようとした映像がどういう巡り会わせか1989年のものばかりなってしまっていつという状況。

もしや、平成の神様に見入られてしまったのかと思うも、そのこと視点を変えて考えてみれば、この1989年という年はバブル景気の真っ只中、そうしたことからスポンサーもつき易くなっていたマスコミ側もそうしたイベントへの取り組みに積極的になっていたことの証左と思われ、その順風を受け平成となってさも早い時期に収録されたのが、このビッグ・エンターテイナーのライブだったのでは思えるのです。


それはさておき、

それでは20世紀を代表するビッグ・エンターテイナー3人のステージ、四の五の語るよりはということで、豊かな表現力で彼らの世界に見る者を否応無しに引きずり込んでしまうそのエンターテイメント力、まずはご覧いただくことにいたしましょう。



一部の隙もない見事なステージ・ワーク
セット一つないステージであるはずなのに、セットの組まれたミュージカル映画のワン・シーンが見ているような気にさえなってしまいます。

歌だけでなく3人の優れた演技力の成せる技なのか。
さすが、50年代60年代を席巻した、ブロードウェイの大エンタ―テイナー達だからこそのステージ、私も知らなかった曲ばかりの演目でしたが、すっかりその魅力に惹きこまれてしまいました。


さて、そうしたビッグ・エンターテイナー3人、といっても30年前以上前に活躍したアーティスト。若い方々の中には、エンターテイナー言えばMichael Jacksonなら知っているけどこんな人達は知らないという方も多いかと思いますので、ここで簡単にその彼らのプロフィールに触れておきたいと思います。

まずは、軽やかな動きとハリのある歌声を聴かせてくれていた小柄ではあるけれどその存在感をステージ一杯に見せていた黒人男性歌手のSammy Davis Jr。

1954年にレコード・デビューしたSammy Davis Jr、その類まれな才能によりその作品は大ヒットとなり、その後はミュージカル、そしてこの時期、既に米国の音楽界の重鎮的存在となっていたFrank Sinatraの評価を得、シナトラ・ファミリーの一員として映画界に進出、そのどこか剽軽さを感じさせるキャラクターのあいまって、スターダムの地位を築き上げたアーティストなのです。
特にその彼の芸域の広さは歌や演劇だけ留まらず、絶妙なリズム感から生み出されるタップダンスや時には
SinatraやMichael Jacksonの物真似までするほど、実に多彩なエンターテイメントで大いなる人気を博していたのです。
そしてその人気は日本でも、1973年に放映されたサントリーホワイトのテレビCM出演での絶軽妙な演技で、当時、お茶の間深くまで浸透していたことが思い出されます。



そして、紅一点のLiza Minnelli。
彼女は、1939年に上映されたミュージカルの名作”オズの魔法使”で主演のドロシー役を務めた 女優Judy Garlandの娘で、1963年にブロードウェイでのデビュー、1973年、映画『キャバレー』で主演を務め、アカデミー賞主演女優賞とゴールデングローブ賞主演女優賞をダブル受賞、その歌唱力と演技力が高い評価を受けているアーティスト。
この1989年の来日でも、ただ歌うだけでなく、さりげない演技を付加した立ち回りでその歌の背後にある情景や空気を漂わせていたステージは、さすが母と子の絆は争えないものと深く印象に残りました。



と、ここまで来れば、もう何にも語ることはいらないと思うのですが、最後に控える超大物アーティストの、Frank Sinatra。

1930年代に登場以後 生涯を通じアメリカの音楽界を象徴するシンガーとして、その頂点に君臨し続けた偉大なるエンターテイナー、若い方々でも音楽ファンであるならば、どこかでその名を聞いた記憶があるのではないかと思います。


と、拙いプロフィール紹介でしたが、何とか全員を語り終えたところで、次に進むはそうした彼らが織り成すステージ・サウンドの万華鏡世界。
この辺で、それぞれの豊かな個性溢れる世界、そのステージをご覧に入れることにしたいと思います。

この顔ぶれからして、まずは今も多くのファンに馴染まれているSinatraの世界から、と行きたいところですけど、やはり大御所から始めるのはいかがなものというところで、それはトリの楽しみに残し、当時のステージへの登場順に従って、まずはSammy Davis Jrのステージからご紹介して行くことにいたます。

それでは、剽軽な物真似からシリアスな歌の世界、そしてダンス、そうした彼の多彩な才能を秘めたステージ映像、とくとご覧ください。










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医学の日米交流を促進すべく催されたJazzの祭典☆ 本日の作品;vol.147 [デジタル化格闘記]

令和改元の日に偶然見つけた平成元年のジャズ・フェスティバルの映像に始まり、これまで昭和の終わりから平成の初めにかけて開催、TV放映された様々なジャズ・フェス関連の映像を4回に渡りご紹介してまいりましたが、5回目の今回は、再び1989年(平成元年)に戻って、5月の記事でご紹介したこの年のMt Fuji Jazz Festivalの翌月に日本武道館で開催された、Mind Medicine Jazz Festival〜face to face〜 の映像をご紹介したいと思います。

このジャズ・フェスティバル、これまでご紹介して来た当時催された数々のフェスティバルとは趣が異なってその母体は、日本が生んだ世界的医学者・野口英世博士の業績を記念し設立された米国財団法人野口英世医学研究所が、日米医学交流の促進を目的とした野口英世記念医療センタ-設立のため、その募金活動の一環として開催されたもの。

その呼びかけに参加したアーティストは、日本のMALTAを中心に、アメリカからManhattan Jazz QuintetとOscar Petersonトリオの一員として永きにわたりPetersonを支え続けて来たドラマーの Ed Thigpen率いるYoung Men & Olds、そして私がこのフェスティバルでそのプレイを見て以来、忘れられない存在となってしまった

Renee Rosnes SnapShot2m.jpg


この頃は新進気鋭の存在として頭角を現して来ていたピアニストのRenee Rosnesと、この時期、旬というべき存在だった面々の顔が並ぶ興味惹かれる豪華な布陣。


実を言うとこのビデオ、ここで見たRenee Rosnesのプレイを再び見たくてこれまで何度も探し続けてきたのですが見つからず、明けて令和を迎えた日に、巡り合わせ良く平成最初の年のMt Fuji Jazz Festivalのビデオを見つけることが出来たことから、これはもしかすると思い気を取り直して探したところ、これまでの苦労がなんだったのかと思えるほど簡単に目の前に転げ出て来たもの。
とっくに破棄してしまったと諦めてしまっていたものが出て来たこと、これも、令和の魔法のおかげとかなんとか私事をのたまいながら、恐る恐るこのビデオを鑑賞してみると、画像の状態も良く参加したメンバーのサウンドも想像以上の出来。

これは自分一人で楽しむものではないと思い、いつもの如く早速デジタル化作業に取り掛ることにしたのでした。


そうして、無事作業を終えたのが、こちらの映像。
まずは、私の敬愛する美貌のピアニスト、Renee Rosnesの演奏からご覧いただくことにいたしましょう。



女性らしいエレガントな佇まいと、透き通ったピアノの音色が心に染み入り体全体に広がって行くような心地良さを満喫した演奏、曲は、”I hear Rhapsody"でした。

さて、このフェスティバル参加の一組であったManhattan Jazz Quintet、実はこの時期のMJQは、このフェスティバルの少し前までChick Coreaのトリオで驚異のプレーを見せていたベースのJohn PatitucciとドラムのDave Wecklを新メンバーに加えたばかりの頃で、これが新メンバーによる日本初お目見えではなかったのかと思うのですけど、前回の”Tsumura Jazz”の記事で、1年後の演奏をご紹介したことでもあり、またPatitucci、Wecklの二人もこちらの演奏ではまだ加入したばかりとあってか、まだ固く、1年後のような自由奔放さはまだ見られない演奏だったためここでは割愛、それに代えて続いては、ジャズ・フェスならではの通常なら見られない顔合わせの演奏から、Renee RosnesのトリオとMJQのサックス奏者George Youngのコラボ演奏を、ご覧いただくことにしたいと思います。

ホーン奏者を加えてのRenee のまたトリオとは趣の違うその横顔、とくとご覧ください。






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昭和から平成のジャズ・フェス録画映像の中に残っていた、懐かしのCM映像☆ 本日の作品;vol.146 [デジタル化格闘記]

これまでの3回は、昭和から平成始めのジャズ・ライブの映像をご紹介してまいりましたが、今回は・・・・・・。

今ではこうしたジャズ・ライブの番組にお目にかかる機会は少なくなり、あっったとしてもNHKかWOW WOWというのが相場になってしまったように思うのですけど、実はこれまでご紹介して来た昭和の終わりから平成初めの映像の放映元はすべて民放からのもの。
このあたり、当時は容易にスポンサーがついたバブルの時代だったからということもあるのでしょうけど、民放というとやはりスポンサーありきということで放送に必ずついてくるのがCM。

実は、これまでご紹介して来た映像は、DVDもBDもない、まだアナログのビデオ時代に収録したものなので、当然民放の番組の収録とあってCMも録画されていて、それが現代のデジタルのように簡単にカット出来し再編集すれば映像の質の低下を招いてしまうことから、手を入れることもなくそのまま残していたのです。

ナベサダ KIRIN CM SnapShot.jpg


そうしたそれらのCM、今ではいつもCMなどさっさとカットしてしまいまともに見ることはない私ですが、しかし、それらの映像は皆アナログとあり、どうしても見ざるおえない状況から否応なし見るはめになってしまったところ、それらのCM、30年経った今見てみると、その時代背景を肌で感じれたり、またジャズ・フェスティバルのスポンサードならではの趣向があってなかなか興味深く面白いもの。、

という訳で、ジャズを楽しみながら見つけた印象に残ったCM、それらを選んでご紹介することにいたしました。


さて、これらジャズ・フェスティバルの放送のスポンサー、CMを見てみると中にはジャズとは無縁と思われる企業まで、実に多くの企業がCMを流していたことに驚かされるのですが、中でも目新しかったのは、この当時パーソナル分野にも広がりつつあった、コンピュター・メーカーのCM。

当時は最先端の感覚があったのですが、今見ると.................
一体どんなCMだったのか、まずはご覧いただきましょう。



浅香唯が登場する、沖電気のパソコンのCM。
今でこそ、沖電気のパソコンなんてどこにもありませんが、この当時NECや富士通以上にこの分野では評価の高い企業だったのですよ。

それにしても、初々しい浅香唯さんの姿が、今では陳腐となってしまった当時のパソコンのCMであったことを忘れさせ、色褪せることない魅力を放っています。


そしてお次は、
今では、ジャズ番組のスポンサーになるなんて、まずありえない企業のこんなCM。
どんな業種の企業が登場するのか、ちょと覗いてみて下さい。



東京証券のCMです。
ジャズの世界とはまったく別世界にある証券会社までもがスポンサーとなっている、バブルの時代ならでは感じさせる時代の一コマという感じです。

そう証券会社といえば、もう一つ。
バブル崩壊後、金融破綻の恐ろしさを国民に強く印象付けることとなったあの証券会社も、スポンサーとなっていたのです。



山一証券のCM。
後に、日本の経済を揺るがす大惨事を引き起こすことになる、そうした不安を微塵にも感じさせない、のどかかつ明日への希望さえ感じさせるCMですね。


さて、ジャズ・フェスとはかけ離れたCM映像ばかりをご覧に入れてきましたが、日本の企業は金儲けばかりに明け暮れる野暮な連中ばかりではない、日本の代表的ジャズ・アーティストを起用した、こんな粋なCMもありました。



日野皓正さんが登場するKIRINのCM。
1987年に放映されたものですが、この時期の日野さん、毎年山中湖の湖畔で開催されるMt.Fuji Jazz FestivalのTV収録では、演奏だけでなくインタビュアも務めるなど、共にかなり乗り乗りの様子丸見えで、このCMでもそうした様子が反映されなかなかの仕上がりとなっているように感じます。

そして、日野皓正さんが、登場なればこの人も.................. !!!





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昭和~平成!! 音楽の祭典 花盛り☆ 本日の作品;vol.145    [デジタル化格闘記]

ここまで、2回にわたり我家のビデオ・ライブラリーから発掘した平成始まりの頃のジャズのライブ映像をご紹介して来ましたが、今回も引き続きその発掘映像から。

1回目、2回目と結構お宝ともいえるLive映像を見つけることが出来、さらに柳の下には何かあるのではと続けていろいろあさってみたところ、気付かされたのは昭和の終わりから平成の初めに開催されていたジャズ・フェスティバルの数の多さ。

見つけ出したビデオを見てみると、その開催地は都市圏だけに及ばず、特に夏には高原や海浜などの全国のリゾート地など全国至る所で開催されていた状況が見えて来たのです。

今更ながらであはるものの、ずいぶん多くのジャズ・フェスが開かれていたのだなと驚き、あの時代の社会情勢を思い返してみると、時は日本全土が未曾有の好景気に湧いたバブルの時代。

音楽界もそうしたバブルの波に乗って全国津々浦々お祭り騒ぎが繰り広げられた結果、こうしたことになったのかなと考え、どこかにその残映が写っていないかと、もう一度それらフェスティバルの映像を見てみると、これこそ正にと思しきものを見つけたのです。



それがこの写真!!

Tsumura Summer Jazz '90 Stage View.jpg


いかがですか
見ていただき、このステージ、ちょと妙な所があるのわかりますか?





そう、ステージの両袖に設けられている大きな広告看板のようなもの!!
通常のライブでは、このようなものありませんよね。

そして、その看板、よく見てみると何かマークと”ツムラ”という文字が書かれています。
お察しの良い方は、もうお分かりかと思いますが、
これは...................、


バスクリンで有名な漢方薬品メーカーの”ツムラ”の社章と社名ロゴ。
それにしても、薬品メーカーとジャズ、あまり縁がなさそうな、ちょっとその結びつき、思い浮かないですよね。

そこで、その訳。
それは、この映像の中にあるのですけど.....



これは、1990年の夏に開催された、Tsumura Summer Jazzの、オープニングでの”ツムラ・イリュージョン・バンド”の演奏映像です。

さて、このバンドと”ツムラ”との関係、そのヒントは映像の中でのメンバー紹介にあるのですが、

そうです、紹介されたメンバーの一人、バンジョーを弾いていた方、
津村昭という名で紹介されていましたよね。

実はこの津村昭氏、”㈱ツムラ”の創業者一族の一人でこの時期の”㈱ツムラ”の3代目社長を勤めていた方なのです。

そこで調べてみると、
この頃の”㈱ツムラ”、多角化の一環としてフジサンケイグループが主催したサーカス等のイベントに協賛、「ツムライリュージョン」という名称で興行が行っていなっていたというのです。

そうしたことから、最初”ツムラ・イリュージョン・バンド”を名を見た時は「どうせ社長かなんかの道楽だろう!」とたかをくくってその演奏を見始めたのですが、見進んでいくうちに驚いたことにこのバンド、そこに参加しているアーティストの顔ぶれの凄さ!!!!
クラリネットの北村英治と藤家虹二、トロンボーン 薗田憲一、テナー・サックス 松本英彦、ピアノ 前田憲夫、ドラム ジョー川口等、当時の名高い日本の超一流どころが顔をそろえていたのです。

これだけのアーティストが一堂に会し一緒に演奏するなどというのは、なかなか珍しい出来事。

これは、かなりの本気モード、となれば津村氏のバンジョーもと思い、そちらにもじっど耳を傾け聴いてみると、これまたなかなかの腕前のよう。

となれば、この後に続く出演者の顔ぶれもかなり期待できそう、こうした多くのアーティスト集うフェスティバルでは、レコーディングや一人のアーティストの単独コンサートではお目にかかれない、珍しい顔合わせによる演奏が見れるものと、引き続き見て行くと。

そこで出会ったのがその珍しい顔合わせ、それもかなり珍しい貴重なもの。
それは、そのアーティストが好きで彼らのディスコグラフィを度々チェックしていた私も、ここで初めてこの二人が一緒に演奏をしているのを見、聴いたもの。

ということで、その超珍しい顔合わせによるピアノ・カルテットの演奏、引き続きご覧いただくことにいたしましょう。





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