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船橋、今と!! それを育んだ歴史の跡 (その2;その名の始まり編) [閑話休題]

今回も前回に引き続き、私の住む町、船橋のお話。

ふなっしーとアンデルセン公園の影響か、近年、全国住みたい町の上位にランクされるようになった船橋、このこと、私が住み始めた頃は、常にワーストにランクされていたことから考えると、それはにわかには信じられないことだ思いながらも、世間の評判を呼ぶようになったその町に住む私、それまでどうせたいした所ではないと感じ振り返り見ることなかったこの町のこと、よく考えてみると「そういえば長年住んでいるのに船橋の歴史、あまりにも知らなすぎる」ということに気付き、この町の成り立ちを一念発起調べてみることにしたのです。


そして、調べ始めてみてまず驚いたのは、世間的にはあまり知られてはいないことだと思いますが、この地、縄文時代の遺跡である貝塚の多い地域であるということ。

さらに驚いたことにその貝塚、、平成20年に発掘調査された取掛西貝塚などは、現在発掘された市内の遺跡の中ではさも古いものだそうで、縄文草創期に属す1万年前のものであるのをはじめ、市の史跡公園としなっている7000年前の飛ノ台遺跡など、多くの古い縄文遺跡が市内各所に点在してあるという事実。

特に10000年前という取掛西貝塚遺跡の貴重性、縄文遺跡としては特に有名な、あの青森県の三内丸山遺跡が、今から5000~4000年前の縄文中期に最盛期のものだということを考えると、この地に人々が集落を作り住み始めたことのその古さ、そのことがよくわかるのではないかと思います。


そうした遥か古の昔より人々の営みの痕跡を宿すこの地、この様子なら中央の歴史書には語られていない、隠された歴史の痕跡と出会えるのではと考え、今度は、船橋という町の隠れた伝承を宿す地を探し町を訪ね歩るいてみることにしたのです。


そうして、まず訪れてみたのは、船橋の地名語源とされるこの場所。

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海老川に架かる海老川橋。

中近世には、海陸旅の重要拠点の宿場町として繁栄したという船橋、その船橋の家々が立ち並ぶ本町通の東のはずれ近くに架かるこの橋、この橋のある場所が、この船橋の地名由来の場所だというのですが、その謂れは 日本最古の歴史書である日本書紀・古事記の征西・征東の説話で知られる、日本武尊が東征の途上、当時は現在より水量も多く川幅の広かったこの川を渡河することが出来ず難儀していたところ、地元の民が小舟を並べて橋を渡したというのが、この船橋とう地の名称発祥の由来なのだとか。

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日本武尊というと第12代景行天皇の皇子で、大和朝廷創成期にその勢力拡大に活躍した伝説の人物ですが、その舞台となった時代は、今から1500年ほど前の古墳時代のこと。

そうなればこの地名譚、現存する史書で、この地名が確認できるのは、鎌倉時代に成立した「吾妻鏡」だというのですが、書記などにある古い説話がその発祥譚と関係づけられている考えると、その成立の時期はさらに遡るれる推定できるのではと考えてしまうのです。


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と、ここまで書いてふと思いあったのが、平安時代初期の史書「日本三代実録」に名を見せる、今もこの地に鎮座する、現在は船橋大神宮の名で親しまれている下総国意富比神社の存在。

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現在は、かっての宿場通りの東の端に鎮座するこの社なのですが、当初はそれとは逆の西の端にあったというのです。

それがこの社。

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今は入日神社と呼ばれているこの社。

この社、JR総武線の線路を跨ぐ国道14号線の跨線橋の影になり、よく注意して歩かないと行き過ごしてしまうような場所となってしまった所にある社なのですけど、実は、このどこにでもあるような何の変哲のない社が、「意富比神社」の元宮だというのです。

その由来によると、海路により東京湾横断し、上総の国今の君津近辺に上陸した日本武尊が、次に上総を出帆し上陸したのが、下総の国のこの場所だったというのです。
そしてその後、その地の人々によって、尊の遺徳を偲びかつ郷土の守り神として、その上陸地に建立したのが、この社だと語っているのです。


こうやって、今に残る伝承の断片を見て行くとこの地の地名譚、元々海運・漁労を生業としていたこの地の集落の人々が、その安全・豊漁の願いを祈っていたこの元宮に、その昔、関東各地広くに多くの伝承を生み残していた、嵐に会いながらも東京湾を渡り関東一体に朝廷の威徳を広しめた日本武尊の遺徳にすがり、日々暮らしの救いを求め、自然発生的に日本武尊と船橋の地名を結んだ地名発祥伝承が生みだしたのはと思えて来たのです。


今でも、船橋大神宮の境内に建つこの建物。

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長きにわたり、海と共に生きて来たであろうこの地の人々を見守って来た船橋大神宮灯明台、その建物を見るにつけ、この地に暮らした人々の、古代の英雄にその暮らしの安寧を託した心の内の祈りの囁きが聞えてくるような、そんな気さえしてくるのです。




夏に逆戻りかと思うような暑い日に続いたかと思えば、突然、間もなく冬到来を感じさせる日々が続く、超気紛れな今年の秋の空模様。
これは老いた体には毒になるとばかり、先日仕事に合間の休息をと立ち寄った、埼玉県岩槻市にある岩槻城址公園で出会ったこの風景。

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驚いたことに、早、平地にも紅葉の季節が訪れていた。
ここ数年に比べ1ヶ月近く早いその訪れに、風邪ひき易体質の私、よく大丈夫でいれたものだと、病気にならぬようもう一度その気を引き締め直しながら、その様子を楽しんできました。


さて、調べれば、調べるほどその奥深い歴史に触れられる私の住む町船橋、次回の行き先は、この町がさらに発展をとげた近世のこんな場所を訪れ、そこから見える風景を味わうことにしたいと思います。

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